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【書評】 トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙 著者:木原善彦 評価☆☆☆☆★ (日本)

■入手困難の研究書

 

 『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』を図書館で借りて読んだ。本書は、アメリカの現代作家であるピンチョンについての研究書である。

 

 残念ながら、本書は、現在絶版で入手困難である。しかもAmazonでは10,000円近い価格で取引されるような本だ。もしかしたら、神田や早稲田の古書店街ならもう少し廉価な値段で売っているかもしれない。いや、逆にそっちで高価だからネットでも高いのかな・・・

 

 著者はアメリカ文学者で阪大准教授の木原善彦。ピンチョンの研究書をいくつか出版している他、最大の長編『逆光』の訳出も手掛けた。

 

■本書の概要

 

 研究書といっても、読み易い文体で書かれているし、難解な哲学用語が出てくる訳でもない。ピンチョン 作品についての丁寧な解説書といった方が、本書を言い表すのに適当かもしれない。

 

 ピンチョンについての博士論文(英語)が元となって、読み易いように再構成されている。『V』、『競売ナンバー49の叫び』、『重力の虹』、『ヴァインランド』、『メイスン&ディクスン』までの長編について、著者の研究成果がつぶさに語られている。

 

 俺はピンチョンファンを自称するが、いくつかの短編と、『ナンバー49』、『ヴァインランド』、『LAヴァイス』しか読んだことがない。従って本書を読んでも、ピンと来ない部分があったのは確かだ。しかし、本書は長編ごとに丁寧なあらすじが付いている。「いくらお前らでも、これを読んでおけば分かるだろう!」というくらいにしっかりとしたあらすじだ。だから、ピンチョン作品には興味があるんだけれど、ちょっと長いしなぁ・・・という人でも、充分に読める。何しろ、ピンチョンファンだと言っておきながら、殆どの作品を未読にしている俺が言うのだから。

 

 ピンチョンのいくつかの概念・・・エントロピー(無秩序)、カルマ、ヴィンランド(アメリカのもう一つの可能性)などを元に、分かり易く解説されている。本書をもってピンチョンとは何かと、漠然としたイメージを持つには大いに役立つと思われる。

 

 研究書らしいなぁと思うのは、ピンチョン研究者の何人かに対して、きちんと根拠を示して批判していること。主流である考え方にさえも否めるのは、著者が真摯な態度で研究して来た成果なのだろう。

 

 本当に残念なのは、本書が絶版で入手困難であること。丁寧な解説書として、良書だと思うのだが、こういった解説書が平易に手に入るようなマーケットになって欲しいものだ。それには、著者にはもっと有名になって頂かないと。

 

 

トマス・ピンチョン―無政府主義的奇跡の宇宙

トマス・ピンチョン―無政府主義的奇跡の宇宙