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【映画レビュー】 ヘイトフルエイト 評価☆☆☆☆★ (2016年 米国)

 

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 クエンティン・タランティーノ監督の8作目の長編『ヘイトフルエイト』を観る。

 

映画『ヘイトフルエイト』 公式サイト│『ヘイトフル・エイト』クエンティン・タランティーノ長編第8作 本年度アカデミー賞3部門ノミネート

 

 

クエンティン・タランティーノって?

 

タランティーノは1963年に米テネシー州で生まれた。タランティーノという名前や彼の外貌から想像できるようにイタリア系のアメリカ人である。

 

彼についてよく語られるように、幼い頃から映画を観て育つ。初期から現在に至るまで、作品が各種の映画からの引用・オマージュで成り立っているのは、彼が映画への強い嗜好を持っているからに他ならない。

 

特筆されるのは、彼がレンタルビデオショップの店員時代に大量の映画を観ていたことだ。ここで彼は映画の知識を豊富に取得し、創作力に繋げていく。作品を観ていると、彼が米バイオレンス映画やマカロニウエスタン、アジア映画を愛好しているのが分かる。タランティーノの独自性は、”お気に入り”を単に作品に表す=真似するのではなく、彼の独特の世界観として表出しているところだ。

 

タランテイーノらしさは、女性の突出した強さ(『キルビル』、『イングロリアスバスターズ』、『ヘイトフルエイト』)、そして黒人の強靭な強さの誇示(『パルプフィクション』、『ジャンゴ』、『ヘイトフルエイト』)に象徴される。弱い者が強い者を完膚なきまでに叩きのめすという人物設定、弱者が激しい暴力で敵を殺害する、これらがタランティーノという映画作家の個性だ。

 

キルビル』では刀や格闘技で敵をバタバタと倒して行く、裏社会の英雄のような女性像(ザ・ブライド)が描かれ、『イングロリアスバスターズ』では知性でナチスを破滅に追いやるユダヤ人女性(ショシャナ)が描かれ、『ヘイトフルエイト』ではザ・ブライドのタフネスな攻撃力とショシャナの知的な行動力とを加点したようなキャラクター(デイジー)が描かれる。

 

 

パルプフィクション』では、死亡せずに新たな活路を見出して行く数人のキャラクターの主要人物としてジュールス。『ジャンゴ』では白人が牛耳っているはずの西部劇で圧倒的に強い英雄として主人公ジャンゴ。『ヘイトフルエイト』ではデイジーたちの企みに気付きストーリーを転換させていく主人公ウォーレン。『パルプ』では活路を見出して行くに留まった黒人が、『ジャンゴ』では絶対的な白人の壁を崩し、黒人は弱者と思われがちの西部劇でもヒーローとして黒人を描いていく。

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ビデオショップ店員が、シネフィルを脱してオリジナリティ作家として立った時、引用やオマージュは全て彼のもの(作品)となる。お気に入りの映画作品は全て彼のものである。生きた映像、声、血、叫びとして生産される。

 

■ヘイトフルエイトのストーリー

 

トーリーは、賞金稼ぎのジョンと賞金首のデイジーが同乗している馬車に、黒人の賞金稼ぎウォーレスが「乗せて欲しい」と頼むところから始まる。デイジーは右目に殴られた青あざがあり、小柄ながらも不気味な雰囲気を漂わせる。彼女がナメた口を叩く度に殴るジョン。歯や鼻をへし折られ、血液を垂れ流しながらも異に介さないデイジーは強烈な印象を残す。強硬な神経を持った犯罪者だと観客の目に映る。

ジョンは首吊り人を自称し、賞金を得るには生死を問わない賞金首であっても、生かして絞首台に乗せることを信条としている。白髪も多く年を重ねているように見えるが、屈強な肉体を誇り粗暴さを売りにして、言葉も刺々しくて攻撃的。誰も寄せ付けず相手に畏怖の念を感じさせる。

途中、ウォーレスの他にマニックスという保安官候補の男が同乗する。

猛吹雪が来ると御者が語り、一行はレッドロックという場所の手前にあるミニーの店を訪れる。そこで吹雪が止むのを待とうというのだ。

そこには先客が4名いた。ミニーの店を代理で任されているというボブ、英国出身のオズワルド、カウボーイのジョー・ゲージ、老人の将軍である。先客とあわせて8名の人物が、映画というよりも舞台のようにしてタランティーノの長大な物語の指先で踊る。

 

舞台はミニーの店で行われる密室劇に転換される。カタルシスさえ覚える素晴らしい暴力シーンとやや巧みな会話の応酬で、何とか緊張感を形成していた。ストーリーで緊張感が出ていなかったのは残念なところだ。

店に到着するまでは、ジョンが主人公か?と思わせるほどに彼の存在感が大きかったが、ミニーの店はウォーレスが主人公らしい洞察力で物語を展開していく。

ウォーレス、マニックスの視点で、ボブ、オズワルド、ジョー・ゲージの誰かが嘘をついているという疑心暗鬼に一つの物語の収れんを示し、デイジーの弟のジョディが床下に隠れている(8名+α)という刺激で、8名全員が死へと向かって能天気なレクイエムを奏で、物語は結末を迎える。

 

■感想……

 

密室劇のミステリーとしては物足りなかった。

床下に人が隠れている(8名+α)というのは悪くはないけれど、驚くような仕掛けでもない。ミニーの店で頻繁に出て来て客が何度も飲んでいるコーヒーに毒を入れる事実は、一瞬面白いようでいて、「40秒前に誰かが毒を入れた」という唐突なナレーションと共に暴かれるので、不自然な印象を与える。幼稚な感想さえ持つ。『パルプフィクション』の様に、別の視点から物語の構造を見て、物語が別の文脈を持つような特異な興味深さは見られない。

 

ジョー・ゲージが、テーブルの下に隠れている銃を放って銃撃戦が始まるシーンは、既にどこかで観た感があった。そう、『ジャンゴ』で使われた、ドクター・シュルツが冷酷無比のキャンディに銃を放って銃撃戦が始まるのと同様だ。『ジャンゴ』は前作だから、正直に言って「またか」という印象。確かに「バン!」という鋭い音と共に銃撃戦が始まり、あっという間に人が倒れて、物語が進展して行くという技術は良いとは思うが、タランティーノを観て来た者にとっては、既視感は否めない。

 

3時間という時間を長くみるかだが、俺は長いと思った。特にミニーの店に着くまでの1時間以上の時の長さは半端ない。得意の会話もそつがないとは思うけれど、ストーリーがなかなか進まないので冗長に感じる。意味の無い会話を描いて客に飽きさせなかった監督も、冗長なストーリーを作ってはダメだということである。

 

章仕立てなのは相変わらずだが、『レザボアドッグス』や『パルプ』の様に時間軸を転換するのでもなければ、『イングロリアスバスターズ』の様に時間を空けるために使われるのでもなく、なんのためにあるのかよく分からない。単にストーリーを区切っているだけだ。タランティーノらしさは、もう少し意味のある使い方をして欲しいものだ。

 

暴力シーンは過激で、頭ごと銃で吹っ飛ばされる者や、股間を銃撃されたり、死体から腕が引きちぎられるシーンが散見される。タランティーノをずっと見て来た者にとっては、いつものタランティーノ節が見られて良いのだが、嫌悪感を持つ観客もいそうだ。

とはいえ、『レザボアドッグス』で耳を切り取られるシーンの様な、身体的にむずがゆくなる様な身近な暴力の存在の可能性(銃で撃たれるのも怖いが、一瞬なので恐怖感はさほどない)はない。だからといって安心して見られるというのではないが、どこかブラックコメディの如き雰囲気が暴力シーンにも漂う。

ビートたけしの『アウトレイジ』もブラックコメディの雰囲気はあるが、割り箸で耳を突くとか、ドリルで口の中を掃除するといった、身体的な痛みを想像できるようなシーンがあるだけ、『アウトレイジ』の暴力シーンは痛々しかった。本作にはそこまでの描写はない。ないが、男性の全裸シーンやフェラチオシーンがあるのでR18も仕方がないとは思う。

 

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『ヘイトフルエイト』は、タランティーノの作品で言えば、『ジャンゴ』よりは劣る。『パルプ』『イングロリアス』『レザボア』『ジャンゴ』、その次に本作だ。

俺の好きな俳優がたくさん出てきて、それは楽しいのだけれど、密室劇がどう終結に向かって行くのかを考えると、もうちょっと頑張って欲しかった。

 

■キャスト

 

タランティーノ作品で素晴らしいと思うのは、キャストの選定の見事さだ。俳優たちが完全にタランティーノの駒になって、彼の作った映画のセリフを吐いていく。まるでタランティーノが分身と変身の術を使って、俳優に化けているみたいだ。そのくらい俳優はタランティーノの世界観を構築している。

 

今回も主演のサミュエル・L・ジャクソンはそれなりに良かったし、オスカー助演女優賞にノミネーションされたジェニファー・ジェイソン・リーはなかなかの狂人ぶりだ。『ジャンゴ』でヴァルツが助演男優賞を獲るなら、リーが今回獲ってもおかしくなかった(『ジャンゴ』のヴァルツは良くない。特に悪辣な演技を披露したディカプリオと比べると影が薄い)。

 

ティム・ロスマイケル・マドセンといったタランティーノ常連組は、彼らの持つ鷹揚とした個性を活かして、本作の配役を見事に演じる。しかし一番良かったのは、ジョン・ルースを演じたカート・ラッセルだろう。雪山にいる熊のような外見と、見た目そのままの粗野な言動、それらに併せもたれるセンチメンタリズムは、人物設定も見事ながら、ラッセルの漲るエネルギーがそのままジョン・ルースに宿っていて、興味深かった。

 

今回は『キル・ビル』以来、種田陽平美術監督を務めている。日本人が活躍する幅を世界に広げているのは、喜ばしい限り。

 

映画レビュー的には★4つとしたが、タランティーノ映画の中では★3つ。