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【書評】 マタハラ問題 著者:小酒部さやか 評価☆☆☆★★ (日本)

 

 

マタハラ問題 (ちくま新書)

マタハラ問題 (ちくま新書)

 

 

本書は、NPO法人マタハラNet代表理事にして、「世界の勇気ある女性賞」(米国務省主催)を受賞した、反マタハラ活動家・小酒部さやか氏によるマタハラ問題の本である。マタハラとはマタニティハラスメントの略称だが、セクハラ・パワハラ等と同様に略称にした方が言い易い。

 

本書の第1章は15ページから80ページ程まであるのだが、”私のマタハラ体験”として、著者のマタハラ体験が具体的に描かれている。著者は外資コンサルティング会社に勤める夫を持つ既婚者で、契約社員として雑誌会社で働いていた。契約社員といっても仕事は正社員並みにあり、彼女がいなければ分からない業務も多い。

 

そこでの実体験が凄まじい。

 

忙しく日々の仕事をこなしていたら、ある時体調が悪いことに気付く。胸が張って痛いようだ。そして熱がある。妊娠検査薬で調べると陽性。最初は戸惑いが生じたが産科に言ってエコー写真を撮り、医師から「心拍が見える」と言われた時にようやく実感がわいて、涙が出たという。お腹に手をあてて、「ママと一緒にがんばろうね」と言ってみる。女性は自らの体を通して妊娠中から既に母になっていくことがよく分かる印象的な描写だ。

 

しかし著者は流産してしまう。著者しか分からない業務が多過ぎて、安静にしなければならないのに働いて、胎児が死んでしまったのだ。結果、著者は稽留流産による手術をすることになる。

 

著者は合計2回流産しているのだが、1回目はマタハラを受けてのことではない。彼女自身に責任がある。自らの意思で仕事をして、安静にすることができずそのような結果を生んでしまったのだ。

 

しかし、ここからがマタハラのオンパレードだ。

流産を二度としたくないと思った著者は、上司にアシスタントを付けて欲しいと頼む。そうすれば自らの仕事のサポート役ができるから、妊娠しても、今回のような悲劇を生み難いはずだ。

勤務先の上司は、著者に対し、「考えてみよう」とか「辛かったね」とかいう言葉を投げ掛けることもなく、「あと2~3年は、妊娠なんて考えなくていいんじゃないの?」と言い放ったのだ。女性にこんな言葉を吐くとは鬼のようだが、これがマタハラなのだろう。会社の運営が優先されるべきで、女性の人権等はどうでもいい。法を無視した言動なのだ。

 

その後、著者は最終的に勤務先から度重なるマタハラを受ける。

 

切迫流産中に4時間に及ぶ退職強要を受けたり、上司から「お前が流産するから悪い」と怒鳴られたり、「仕事に戻ってくるなら、妊娠は9割諦めろ」と言われたりと、精神的苦痛を推し量って余りある悪罵の数々だ。こんな連中も誰かの親なのかと思うと情けなくなるが、著者は半年間の間に二度も流産してしまったことで卵巣機能不全に陥り、妊娠が容易に出来ないからだになってしまう。

 

著者は労働審判を経て、マタハラをしていた勤務先に対して、自らの要求がほぼ盛り込まれた調停案で解決することができた。

 

しかし怒りは消えない。

 

その怒りの矛先を会社にぶつけるだけでは、前に進めないと思ったのだろう。著者は自分の体験を活用して、マタハラNetを立ち上げる。怒りのエネルギーを正の方向へと向けた結果だった。

 

そして2015年、国務省主催の「世界の勇気ある女性賞」を日本人として初めて受賞する。というのが第1章である。実体験を描いているだけに緊迫感があり読んでいて面白いというのが率直なところであった。

 

第2章には複数人の体験談があり、それらもそれなりに面白いが、体験談以外は・・・というと微妙なところである。マタハラの4類型はまだしも、全体を通じて理論がないので、マタハラをなくしたいことは分かるのだが、説得力に欠ける場面が見られる。

日本・ドイツ・イタリアの第二次大戦後の敗戦国出生率が低いことを論じる場面で、著者は、日本の出生率が低いのは社会の成熟が他国より遅れを取ったからだと言う。本当か?精神的な豊かさを追求し、社会の成熟がなされれば日本でも出生率が高まるとでも言いたげだが、納得させられない。こんなことを言わずに、保育園に子供を預けるには働いていないと預けられないという我が国の少子化路線まっしぐらの事実を突き付けるべきだ。しかも、保育園には待機児童問題もある。あるいはそもそも結婚しない人間が増えていることを指摘する。「社会の成熟」よりも事実をつきつけるべきだ。

 

マタハラが感染力の高い伝染病だという指摘もピンとこない。まるでマタハラが起これば、ワクチンを持っていない人間はみなマタハラをしてしまうかのようだ。こんな文学のような表現では首を傾げざるをえまい。

最後に、わざわざ図までもちいてマタハラ問題を解決すれば日本のあらゆる問題が解決するなどといわれると、もはやカルト宗教的である。

 

体験談は非常に良い。それは著者の強みだろう。しかし人を納得させるには結論や主張を根拠付ける理論やデータがないと、せっかくの著者の問題提起も無駄になってしまう。非常に惜しい本だった。本書全体を通じて著者の末尾に「思う」という表現が多用されることが、本書を象徴しているのかもしれない。マタハラ問題という論を扱っている本なのに、エッセイになってしまっているのだ。

 

ただし、マタハラ問題に警鐘を鳴らしたことには、大いに価値がある。上記の通り説得力がないので評論家や研究者には適していないが、「マタハラをなくしたい」という思いでここまで突き進み、国際的な賞を受賞する。そのエネルギーは素晴らしい。政治家には向いているかもしれない。著者のさらなる活動を応援したい。

 

<追記>パタハラ(パタニティハラスメントの略)というものもあるようだ。育休を取得した・・・女性ではなく男性に対する嫌がらせ。

以下リンクは朝日新聞の記事。

部長職、育休とったら干された 転勤迫られ…退職:朝日新聞デジタル

 

多様性のある働き方について、企業はもう少し勉強し、自社内で戦略を練る必要があるな。何にもやらないから、育児休業を取った男性社員に対して、こんな馬鹿げた子どもじみた振る舞いになる。この事例だと保育園に子どもを預けることができずに仕方なく男性が育児休暇を取得したようだ。こういう社員が出てくることを想定しないとダメなのだが、男性の上司からして、「育児休暇なんてあると思ってんの?」じゃあねえ笑