ももでちっそく

書評・映画レビューが中心のこだわりが強いブログです

【書評】 十年後のこと 著者:東浩紀、円城塔、横尾忠則ほか 評価☆☆★★★ (日本)

 

 

「十年後」を題材に小説家、評論家、漫画家、デザイナーといった多種多様なクリエイターによるアンソロジー。その数35人。しかしページ数は単行本にしてわずか200ページちょっと。ページ数も4〜5ページ程度のショートショートである。アンソロジーは作家によって出来不出来があるし、読者の好みの作家だけが収録されている訳でもないので、どうしても読後の評価は高くならない。本書も御多分に漏れず全体的に面白い作品は多くなく、図書館で借りて読めば十分か、という程度であった。そもそも、「十年後」を題材にした理由は何だろうか?出版社の河出書房の意図が掴みづらい。

 

その中でも面白い作品はあるものだ。挙げると以下の作品である。

 

・そういう歌 長嶋有

・!?箱 野中柊

・ポイント・カード 早助よう子

・コアラの袋詰め 藤田貴大

・履歴書 松田青子

 

特に良かったのが「ポイント・カード」と「履歴書」で、作者は二人とも初めて知った。わずか4ページ程度の商品で「面白い」そして「他の作品を読んでみたい」と思わせられたので、そういう意味では『十年後のこと』の存在意義もあろうか。 

 

「ポイント・カード」は、人生をポイントカードに喩えて書かれた作品。作者は現実を冷徹な目で貫き通し、かつ読者の想像力を喚起させる良い作品である。作者は早助よう子。1982年生まれ。未だ本は出していない様子。

「何もしなければポイントはつかない」とされる世界を想像し、村の名士であった父は、昨日死んだのだが、名士だけにポイントの数もさぞや多かろうと書かれる通り、何か人生に「ポイント」となるような行動をすればポイントカードにポイントが溜まっていく。

ポイントカードは、現実世界ではショッピングで使われているけれど、人生において行動とともに追加されるポイントは、ショッピングのように人生も数値化されるに過ぎないと読める。学校に入学した、就職した、結婚した、子どもが生まれた、病気になった、会社を定年退職した、そして、死んだ。人生はこの繰り返しである。

それゆえにポイントをたくさん溜めた存在として他者から賞賛される主人公の父は、人間というもの悲しい存在の象徴である。

主人公は妊娠している。自分の先祖というよりも人生は、父に象徴されたように、「何百枚のカードと、黒々した宇宙に浮かぶ星よりもまだ多い、膨大な数のポイント」に過ぎない。確かにそうだろう。死んでしまえばポイントが残るだけだ。死ねば何も生産されることはない。ただ、その人間の行動=ポイントが残るのみである。そういう意味では、人生は無常であり、もの悲しい。

主人公はそんな社会を無希望な社会だという。生まれてくる子どもに対して、そんな無希望な社会に生まれてくるってどんな気持ちがするのか?と言う。その答えは赤ん坊が成長して自分で見つけていくしかないけれど、そんな赤ん坊も死んで、いつかはポイントが残るのみである。

 

 

「履歴書」は、大卒後就職して転職を繰り返し、32歳になった現在までを、履歴書形式で描く作品。作者は松田青子。小説家であり翻訳家でもある。作品に『英子の森』など。

履歴書形式で描くと紹介したが、実態は「職務経歴書」形式で描かれた作品といった方が正しい。

22歳で大学の秘書業務をしたことから始まり、25歳で派遣社員の受付者として働き、28歳で家事手伝い、29歳で事務、そして32歳の現在は採用面接に来ている。

22歳だけは普通だが、25歳から作者のいたずらのような不条理な描写が続く。

25歳の派遣会社の時は、会社のロビーに大きな穴が開いていて、うっかり落下した人が時々死ぬような大きな穴である。その穴がなぜ開いているのか、なぜ穴を閉じないのかについては一切説明がない。そして、最も長い間イスに座り続けた受付者は、ある日地蔵になってしまい、今では更衣室の片隅に置かれているというが、それについても何の説明がない。

この作品の底に流れているのはビジネスの現場における「固定化された女性の役割」だ。そんな役割を担いたいとも思っていない主人公にとって、会社とは、穴がなぜか空いている場所であり、受付者が地蔵になってしまう場所なのだろう。29歳に勤めた会社では「時間室」という部屋があり、入った人は何年も出てこないというが、そういう理解し難いことが平然と行われている場所、それが会社なのだ。

作者がちょこちょこ入れてくるのは、例えば穴が空いている理由を聞きたいのに「女の子にはわからないことだ」といわれて無理やり納得させられる描写に象徴されるように、固定化された女性の役割にささやかに反発する主人公の行動と心情である。

作品の最後で主人公は、「10年働いても、一度もちゃんと「仕事」だった気がしない」と言う。確かに正社員のレールから外れてしまった彼女にはちゃんと「仕事」だった気がする仕事は回ってきづらい。しかし、「固定化された女性の役割」を押し付けて、「女の子にはわからないことだ」と言い切ってしまえる会社には、仮に正社員でも、何年経ってもちゃんとした仕事だという気がしないかもしれない。それこそ、男性のように働ける女性は別として。そんな人生が必ずしも良いとも思えない訳だが。