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ももでちっそく

書評・映画レビューが多くなってきましたが、雑記ブログです。口が悪いので酷評することも多いです。すきなひと、さーせんね。

【映画レビュー】 ファニーゲーム 評価☆☆☆☆☆ (1997年 オーストリア)

ファニーゲーム [DVD]

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1 ハネケにたどり着くまで

ようやくミヒャエル・ハネケの映画を初めて見た。結果、俺好みの映画監督であることが分かり、有頂天になっている。全作品を見たいとさえ思う。

ハネケ作品の中で有名な作品と言えば何か。それは、カンヌ・パルムドールやオスカーに輝いた『愛、アムール』や最初のパルムドール受賞作『白いリボン』、そして本作だろう。

ハネケの作品を評して、目や耳にするのは、「後味の悪さ」だろうか。俺がハネケに興味をもったのも、後味の悪さに惹かれたからに他ならない。悪趣味なブラックユーモアを好む俺(このブログのタイトルは悪趣味な絵本作家の作品から採られているくらいだ)にとって、後味の悪さを描いた作品はまさに嗜好品である。

ゆえにハネケは嗜好品の一つになりえそうであったが、どの作品を見ていいか悩んだ。パルムドールオスカーを受賞しているような作品を見ると、どこか良いところを評価しなくてはならないような気もするから辞めた。といって比較的有名な作品を見たい。そうなると本作しかないのだ。そして、見てみたらハネケは、コーヒーやアルコールのように、俺の嗜好品足り得る存在になったのだ。

ただし、嗜好品足り得るには留保が要る。つまり、後味が悪い映画であることのみならず、本作を形作るもう一つの要素が、嗜好品足り得るための重要なものなのだ。それが、メタスリラー映画である。


2 メタスリラー映画として

ミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』は、後味の悪い映画だ。しかし唯一無二の後味の悪い映画とは言えない。それに加えて、本作を傑作たらしめているのは、メタスリラー映画ということだ。

後味の悪さということであれば、テレビドラマの『ウォーキングデッド』も相当なものだし、グロテスクな描写には慣れることができても、衝撃的なストーリー展開には驚きを隠せない。殊に、シーズン3における主人公の妻ローリが死ぬシーンは、同作においてゾンビに体を食われる幾多の残酷描写を越えて、酷く印象的である。

衝撃的なストーリー展開はグロテスクや暴力描写を越えて人の心をかきむしる。上記の『ウォーキングデッド』はその最たるものだろう。

相対的なものとも言える。後味の悪さを追求すれば、イヤミスなどと呼ばれる日本のミステリーもあるように、追求しようとすればいくらでもできそうだ。

そういう意味で『ファニーゲーム』はそこまで後味が悪い映画とは呼べないだろう。後味の悪さを強調するために、ヴェンダースカンヌ映画祭の上映時に席を立ったと言われるが、確かにそういう事実があったのだろうが、だからといってそこまで後味は悪くない。これは感覚的なものだから途中で見るのを辞める人もいるだろうが、少なくとも俺には席を立つほど後味は悪くなかった。後味の悪さは、やろうと思えばいくらでもできるし、作品の評価として強調し過ぎると、単純なエンターテインメントになってしまうかもしれない。

ファニーゲーム』はエンターテインメントとして確立しているスリラー映画やサスペンス映画の文法をことごとく覆す。そういったジャンルの映画に対して、本作は批評するのだ。

たとえば俺がうならされたのは、主婦が悪党を返り討ちにするシーンだ。

主婦は捕らえられている。ショットガンは目の前にある。よくあるスリラー映画なら、ここで主婦に銃を持たせ、悪党を撃ち殺すだろう。そして本作も、一端はその方法を採る。すなわち、主婦にショットガンを取らせて、悪党を撃ち殺す。ドカンと。

しかしもう一人の悪党が「リモコン」を探す。こんなシーンでリモコンを?と思うが、ここがメタ映画たるゆえんだ。彼はリモコンを探すと、なんと「巻き戻しボタン」を押すのだ。そしてどんどん映画の時間を巻き戻して、主婦がショットガンを取ろうとしているところまで戻す。そして、彼は主婦に取られる前に自ら奪ってしまうのだ。

結局、主婦は悪党を返り討ちにすることはできないままに、映画のメインストーリーは再開されてしまう。

そうは問屋が卸さないとでも言いたげに、この映画はスリラー映画の文法通りに物語を進ませない。そこに強い関心を抱く。それに加えて、この映画の世界観にある「後味の悪さ」が奏功して、傑作となっているのだった。

もう一つだけメタスリラー映画たる箇所を挙げると、暴力描写や性描写は意図的に排除されている点である。

この映画では人が死ぬ。主人公家族(夫、妻、小学生くらいの男児)は、悪党に全員殺される。その事実自体は衝撃的だが死ぬシーンは敢えて描写されていない。カメラの外にフェードアウトされているのだ。例えば、クエンティン・タランティーノなら残虐に描くだろうと思うような殺害シーンは、おしなべて排除されている。

妻は悪党たちに全裸になれと言われる。衣服を脱ぎ捨て下着を脱ぎ捨て、確かに全裸にはなっているみたいだが、カメラには一切描かれない。強姦されるのかと思いきやただ全裸になるだけである。観客の予想を覆すのだ。「観客よ、あんたら女性の全裸を見たいだろう?だが見せないぜ」とハネケは皮肉な笑みを湛えているかのようだ。


3 すばらしい序盤のシーン

良い映画だったのでしつこいくらいに長いレビューとなってしまったが、未だ本作の魅力は語り尽くせない。それは、序盤のシーンについて語っていないからだ。

この映画は主人公家族が車に乗りながらクラシックの曲名を当てるゲームをしている。途中で隣人と挨拶をするが、そこには白いシャツと白いズボン、そして白い手袋をつけた2人の若い男がいた。

この若い男のうちの1人(太めの男)が、主人公の家にやって来る。

「隣人の家で卵がなくなったので、4つくれませんか?」と。

そこで渡す主婦だが、「袋に入れるか?入れずに卵を持って行くか?」と聞く。男は、「どちらでも」と言う。袋なしで渡す。

すると玄関で落としてしまう男。

主婦は落ちてしまった卵を拭いてやるのだが、「隣人が欲しがっているので、卵が欲しい」とずうずうしく言う太めの男。イライラしながらも主婦は仕方なく渡そうとするが、その間に男は主婦の携帯電話をうっかり水没させてしまうのだ。見ている方も堪らなくうんざりするシーンである。

そしてこの太めの男がまた極めて鈍重で、頭が足りなそうな顔つきをしている。この顔つきが見ている方をイライラさせる。恐らく主婦もそう思ったことだろう。

そして、今度は犬が飛びかかってきたので卵を割ってしまう太めの男。ここで主婦の怒りは頂点に達する。そして若い男のうち、もう一人もやって来る。

しかし、この若い男たちこそが悪党だったのだ。

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ミヒャエル・ハネケ監督
めっちゃ渋すぎ!