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【書評】 宴のあと 著者:三島由紀夫 評価☆☆☆☆☆ (日本)

 

宴のあと (新潮文庫)

宴のあと (新潮文庫)

 

 

本作は、政治を、迸る詩情と冷然たるリアリティと共に描いた傑作である。三島由紀夫の詩的なレトリックが物語の随所に散りばめられている。『宴のあと』の「宴」とは選挙のことであり、選挙という騒々しい宴が、しんとして終結したあとの空虚さがこの題名には込められている。

 

主人公は福沢たづという50代の女性で、雪後庵という政治家などの著名人や名士が集まる料亭の経営者である。たづは雪後庵で相当な財をなして、夫となる野口雄賢の選挙資金を私財から支出するほどである。もっとも、彼女が選挙資金を私財から出さねばならなかったのは、所属する革新党に資金の余裕がなかったからであった。

 

たづは貧しい家柄の娘で、両親が亡くなってからは親戚の家を転々とさせられた。そして上京して数多の辛酸を嘗めながら持ち前の胆力を発してビジネスで上り詰め、遂に雪後庵で成功する。若い頃から苦汁を味わっただけに、継続的なエネルギーを保持しているし、ここぞという場面での決断力にも優れている。まるで彼女が政治家向きとも思えるが、その「政治力」は、夫の野口の都知事選挙の選挙活動で露わになるだろう。

 

夫の雄賢は、正義感に溢れた旧来の武士のような紳士で、かつて外務大臣を務めた60代の男性である。先に述べたように野口雄賢が所属する革新党は財力に乏しい。与党は保守党という政党で、雪後庵にも多くの保守党の政治家が出入りしているが、その中に革新党の雄賢の姿もあった。

たづは、川が流れるように話題があちらこちらへと移りゆく雪後庵の客の中に、雄賢だけが厳かな佇まいを維持していることに、気持ちを昂ぶらせ、彼に恋をする。雄賢には死んだ妻があったが、現在は独身で、恩給暮らしの侘しい身である。たづの財力に比べたら雄賢のそれは比較すべくもないほどだが、たづは金よりも雄賢の知性、威容に寄り添いたいと思うようになっているのだ。

 

そして遂に結婚するが、たづは雪後庵の経営があるので、別居婚の形を取る。そして結婚することで、「野口家の墓」に入ることを夢見るたづは、ビジネスで成功しながらも、それはあくまでも成金であって、自分は身体の半分が不足しているように思っている。彼女は学歴も教養も乏しいからである。そんなものを身に着ける暇がなかった。それが、野口家の墓に入ることで、たづにも知性が備わるような気になって、彼女は恍惚としているのである。墓は、この後も物語中に何度も出てくる、重要な鍵となっている。

 

そして、既に隠居のような形で生活している雄賢の元に、都知事選に出ないかという打診がくる。たづは、雄賢の知性や威容に寄り添いたいと思って結婚しながらも、持ち前の野心が顔を出し、雄賢には是非とも都知事選に出て欲しいと願うのだ。単に雄賢の性質のみに恋しているだけであれば、都知事選に出ようが出まいがどちらでも良いはずだが、雄賢にはもう一度花を咲かせて欲しいと、彼女は思ったのである。この時から徐々に、雄賢の都知事選という政治に、たづの物の怪のような政治力が、静かに忍び入ってくる。さながら毎日少量の毒を飲まされているかの如く、たづはゆったりとした歩調で雄賢の政治を、文字通り支配しようとしていく。雄賢の政治を支配することについて、たづは無意識だし、彼女はあくまでも愛する夫・雄賢が選挙に勝利することを願って選挙活動にまい進しているかに見えるが、雄賢が望まぬ選挙違反を何度も繰り返す行動には、雄賢のためといいながら、彼女の政治的野心が強く表れているといえる。

 

たづは自分のビジネスの到達点であるはずの雪後庵を抵当に入れてまで、雄賢の選挙の資金を絞り出す。そして選挙違反も犯しつつ、雄賢の当選を目指すのである。結果的に、敵の保守党により、たづの過去を扇情的に暴いた本が出回ったことで選挙戦は雄賢の劣勢になり遂には敗北してしまうのだが、その間にたづは、自らの庶民感覚を前面に押し出した選挙応援演説により、大衆の心をつかんでいたのである。もっともその試みは、彼女の過去を暴いた本によって潰えてしまうのだったが、それでも尚、大上段に構えて有権者の傍に降りてこない雄賢に比べて、たづの政治力が花開いていたことは明らかであった。

 

雪後庵を抵当に入れていたので、たづはそれを処分して借金を返さねばならなかった。小金井の辺鄙な場所に借家住まいをすることに決めた雄賢夫婦だったが、たづは、保守党が金を使って政治に勝った(本の配布も資金力の賜物である)ことに憤り、雪後庵を取り戻すべく、保守党の有力者の元を駆け回った。遂には雪後庵を取り戻すことに成功するが、雄賢の怒りを買ってしまうことになる。

 

数多の選挙違反を許してきた雄賢だったが、今度ばかりは彼女を許せず、離婚して雪後庵を経営するか、雪後庵を手放して結婚を継続するか、どちらかを選べと言った。たづは、雄賢の怒りを理解し得ず、遂に雪後庵を選ぶことになってフィナーレを迎える。

 

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