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【映画レビュー】 ライアーライアー 評価☆☆☆★★ (1997年 米国)

 

 

懐かしのジム・キャリーのコメディ映画。『マスク』は傑作だったので、「久しぶりに観たい」と吹聴していたら、妻がなぜか『ライアーライアー』を借りてきた。確かにジム・キャリーが出演してはいるのだが。

そもそも、「なぜコレを借りてきた?」と聞くと、「『マスク』が棚になかったから」という返事。そんなことがあるのか?『ライアーライアー』があって『マスク』がないって?確かに『ライアーライアー』も『マスク』も同様に3億ドルのヒット作だが、出来から言えば『マスク』の方がはるかに上だと思うのだが。

とはいえ、私は『マスク』を観たいとは言ったが、あくまでも吹聴していただけで借りてきて欲しいとは一言も言っていないし、それでも借りてきてやろうという妻の愛情に感謝して、ふたり並んで観てみることにした。

 

 

タイトル通り、弁護士のフレッチャー(ジム・キャリー)がほうぼうで嘘を吐いている。仕事は嘘で上手くいっている。依頼人に対しても、嘘を吐けば勝てると言っている。それで確かに、フレッチャーは一流弁護士という箔がついている。

 

彼には別れた妻オードリー(なんと『ER』のモーラ・ティアニーだ)と息子マックスがいる。オードリーはフレッチャーの嘘にウンザリしているが、マックスは父フレッチャーが大好きだ。オードリーとは離婚していない模様。

 

嘘を吐き過ぎるあまり、息子の誕生日パーティーもすっぽかす始末のフレッチャーに、マックスは「1日間だけ、パパが嘘を吐かなくなりますように」と願い、見事それが叶ってしまい、フレッチャーは嘘が一切付けなくなる、というストーリー。

 

 

人は常に嘘を吐きながら生きているものだが、嘘を吐くという表現が不適であれば、本音を隠しながら生きている。本音を言ってしまっては、円満な人間関係を継続することがおぼつかなくなるからだ。本作は、「もし本音を全て言ってしまったらどうなるか?」を題材に、コメディにしている。

 

フレッチャーは、誰に対しても本音を言ってしまう。太っている人には「デブ」、奇抜なファッションをしている人には「変」、そしてセクシーな女性には「やりたい」。フレッチャーを演じるジム・キャリーの柔軟な顔芸と、身体全体をアクティブに動かして本音を言いまくっていく姿には、素直に笑ってしまう。「本音を言う」というコンセプトだけでストーリーを回す展開は今ひとつであるが、キャリーの全身全霊(と言って良い)のギャグを観るだけでも観た甲斐があるだろう。

 

本音を言い続けることで、弁護士フレッチャーは法廷での駆け引きができなくなる。そして、勝訴続きの彼は敗北の憂き目を見そうになるのだが、ここでジム・キャリーのギャグが全開になる。裁判の事件は不貞を働いた妻が夫の財産を得られるかどうか、というものだが、妻にも間男にも「やりまくったんだろ!?」と詰め寄ってしまうシーンなどは、抱腹絶倒だ。

 

しかし、キャリーの圧倒的なギャグがありながらも、本作を、コメディとしては楽しみきれなかった。それは、中途半端に家族の絆をテーマに入れていることだ。裁判の当事者夫婦には子がいる。今にもこの家族は引き裂かれていくのだが、ここにフレッチャーが自身を投影しているのである。家族は引き裂かれるが、フレッチャー自身は元通りの家族に戻りたい。そして結末は、別れた妻とフレッチャーとが仲直りするのだが、いかにも安っぽい。

 

コメディに感動路線を入れると失敗するのだが、『ライアーライアー』はそれを率直に含めてしまっていた。息子のマックスが願う「パパが嘘を吐きませんように」という祈りからして、嫌な予感がしたのである(感動を入れようとしているのではなかろうか?)。『マスク』みたいに徹頭徹尾ギャグでやって欲しかった。