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pha新刊

著述家のphaが新刊を出すらしい。6月22日。タイトルは『ひきこもらない』だとか。あまり良いタイトルではないが、内容は良さそうだ。

 

連載の終わりと新刊のお知らせ - phaの日記

 

なぜ良いかというと、幻冬舎plusで連載していた「移動時間が好きだ」を収めているからである。連載時もちらちら読んではいたが、どうせ私は本になったら買って読もうと思っていたので、買って読んでみたい。図書館で借りても良いが、この連載エッセイは楽しく読めたから是非購入したい(彼の印税収入にも貢献したいしな笑)。

phaの旅に対する考え方は、地味な旅である。観光地には興味がわかず、ビジネスホテルやサウナやネカフェに行くのだとか。東京でもできるじゃないか、ということをするのである。

私もそういう旅が好きだ。といっても私の場合は「目的のない旅」が好きなので、観光地にも行くから観光地に興味がないphaと少し違うが、がっつり計画して旅をするのは好まない。

例えば私は、ハワイや沖縄のような南国で、ひたすら本を読んだり、ガイドによらずにレストランや食堂に入ったり、酒を飲んだりするのが好きなのだが、こういう無目的な旅の仕方は、彼の旅の仕方に似ていると思う。時折ふらっと無計画に観光地に行くこともあるが、計画しないところが良い。

 

旅だけに限らず、「家とか街とか旅、暮らし方とか生き方、とにかくこの世界のいろんな場所を全力でふらふらしながら生きていくこと」がテーマだそうなので、社会学的な内容なのかもしれない。

 

彼に関するドキュメンタリー番組も放送されるそうだ。こちらも気になる。

 

 

phaは既にニートではなく、著述家とかエッセイストとかいった肩書でよぶべきだろうし、私もそのように呼ぶが、どうしても「ニート」という言葉を付け加えたくなる。「元ニートのpha」とでも呼ぶべきか。

Neetは本来、Not in Education, Employment or Trainingの略で、我が国では15~34歳の若年層を指す言葉である。東大の玄田有史の著作でも知られるようになった。

1978年生まれのphaは、仕事をしているし、年齢からいっても、ニートの定義にはあてはまらない。にもかかわらず、phaから「ニート」という単語を除いては考えられないから、未だに「元ニート」と呼ばれるのであろう。

 

phaから感じるのは、ニートとは、必ずしも無業者でなくてもよく、彼のようにふらふらと自由に生きる、その生き方を指してもよいのではないか、ということだ。別段定義を変える必要はないのだが、phaの著作から感じるのは、根なし草とか、高等遊民とか、そんなイメージである。

今回の著作のテーマが、「家とか街とか旅、暮らし方とか生き方、とにかくこの世界のいろんな場所を全力でふらふらしながら生きていくこと」というのだが、このテーマそのものが、phaのいうニートという感じがする。

 

つまりさっきから「感じ」とか「印象」ばかりを私は語っているのだが、敢えてそういう書き方をしていて、かっちりとニートはこう!というよりも、なんとなくこういうイメージで生きていきたい、というメッセージを「感じる」からであり、その方が、浸透するような気がする。

 

最近、働き方改革という言葉が出てきているけれど、どうもphaのいうニートとかふらふらした生き方というのは、それにも相通じるように思えてならない。今までのように、家庭を犠牲にしてまでも全力で働くのではなく、生産性を高めた働き方をする。

phaみたいに会社に所属しない、という実態と、働き方改革とは全く違うが36協定の特別条項を超える残業をし、休日を返上してまで働くのは、明らかに非効率だ。そこまでしないと終わらない環境から、脱しなければならない。そういう意味では、もう少し肩の力を抜いて、ゆるく、それこそ「ふらふら」働く、そういう働き方が、働き方改革とイコールではもちろんないけれども、一考には値すると思う。

 

phaは大学教員にでもなったらいいのではないか。そして、ふらふらしながら独自の研究をしたら良い。永井荷風だって慶大の教授だったし、幸田露伴だって京大の教授を務めた。両人ともすぐ大学を辞めた文化勲章受章者だが、自分の好きなように生きていた。自由人のさきがけである。phaもその系譜につらなる、といったら褒めすぎか。