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【書評】 私の「貧乏物語」これからの希望をみつけるために 評価☆☆★★★ (日本)

 

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

私の「貧乏物語」――これからの希望をみつけるために

 

 

河上肇の『貧乏物語』から100年経ち、現代の『貧乏物語』を描こうとしたもの。36人の著名・無名な書き手によるエッセイが収められている。

 

試みに名を挙げると、蛭子能収金原瑞人亀井静香古賀誠佐伯一麦佐高信高田明益川敏英湯浅誠など私でもよく知っている書き手がいる一方で、本書で初めて名を目にした者もいる。

 

わずか4ページ程度の紙幅で、物語を書くことに慣れていない書き手が、自身の貧困について物語風に書いているので、心情が揺り動かされない。率直に、淡々と紙にインクの染みが滲んでいるという印象を持った。確かに貧困を経験したことは、経験したことのない者からすれば圧倒的な経験たりえるが、4ページで他者に何らかの印象を与えるには、経験だけでは感興を引き起こしきれない。4ページに留めるなら、読む者の感情を掻き立てるための相応の文章力が求められる。それは物語の書き手でなければ困難だろう。

とはいっても書き手が皆小説家であれば、偏りがあるから、小説家だけを対象にすることはできない。それなら、もう少しページ数を増やす必要があっただろう。蛭子能収(漫画家)や栗原康(政治学者)の文章はギャグに近いし、福山哲郎民進党参院議員)は民主党時代の経済の失策を棚に上げて高校無償化に「所得制限」を設けた自民党に憤り、小坂井敏晶(心理学者)に至っては貧困と関係ない文章を書いているが、こういった書き手は排除して、ページ数を増やすべきである。

 

興味深かったのは、貧困家庭に生まれても、大成している者がいるということだ。

試みに挙げれば、井手英策、井上達夫はどちらも大学教授だが、両人とも貧困家庭に育った。井手は母子家庭で、井上も中学生の頃まで母子家庭であった。井手は母子家庭ながら、叔父や叔母など、親戚が救いの手を差し伸べてくれたことで、生きながらえたようである。井上は、母が再婚しても相手が安月給だったため、生活には苦労していた。

 

こんな両人が、苦労して大学教授にまで上り詰めたという事実に、驚嘆させられる。しかし、貧困という逆境が、二人を学者にさせるほどのエネルギーを与えたのかもしれない。両人ともに東京大学卒だが、家庭の経済環境と学歴とが関係するとはいえ、逆境から「絶対に這い上がる」との気概は、貧困による経済環境を凌駕するのだ。

 

私は、逆境という学校のおかげで多くを学び、成長することができたと思っている。逆境は人が生き抜くための知恵と気概を磨き、他者の優しさや他者の苦境への感応力を鋭敏にする。

反対に、逆境を知らないと、このような他者への感応力が鈍磨し、いざ自分が挫折したときに立ち直る力も弱くなる。

 

井上は以上のように逆境と生き抜くための知恵と気概について力強く書いていた。ここでは貧困という逆境について書かれているのだが、貧困に限らずとも、逆境が人を強くし、成長させ、挫折から立ち直り、また、他者への感受性も磨かれていくだろう。

 

 

井上は「朝生」で初めて見た。見るからにリベラリストで、私とは相容れないと思って敬遠してきたのだが、貧困という逆境から復活し、今では東大教授に就いているのだから、思想云々は別にして尊敬したい。