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【書評】 二度めの夏、二度と会えない君 著者:赤城大空 評価☆☆☆★★ (日本)

不治の病に侵された少女・燐に恋した篠原智。彼女は生まれて初めて高校に入学するが、わずか3ヶ月でこの世を去ってしまう。学校生活を知らないだけに天真爛漫で、周囲を戸惑わせる言動を取るが、その天然ボケぶりはかわいらしく、また、不治の病に侵された者ゆえの芯の強さは智の心を強く引きつけた。二人は仲間と共にバンドを組んで楽しい高校生活を過ごすが、死は燐に容赦なく襲いかかる。病床に付した燐に、智は最後の思いを打ち明けようと恋を告白するが、燐は意外にも拒絶し、病室から出ていくよう冷たく言い放つ。茫然とした智は燐と関係を回復することなく、燐がその後、あっけなく息を引き取ってしまう。

燐に思いを伝えたことで、彼女が心を動揺させたまま亡くなったと信じた智は、告白を後悔していたが、ある日突然、3ヶ月前の過去に遡ってしまう。燐がまだ、生きていた日である。智は燐の死も、燐が自分の恋を強く拒絶したことの記憶を持ったまま、過去に遡っていた。拒絶されたことは辛かったが、どこまでも燐を愛する智は、それゆえに、自分に固く誓う。決して、燐に自分の思いを気づかれてはいけないと。燐のことを好きであることは変わりないが、その思いを燐に伝えてはいけない。何しろ燐は、智のことを好きではなかったのだから。幸せに燐にこの世を去ってもらうために、智は、自分が燐を好きだという気持ちを彼女に知られてはならないと戒めるのであった。そして、避けることのできない燐の死を前にして、智は、もう一度、燐との楽しい学校生活を送る。そして彼女が幸せに死ねるように、自分の思いはそっとしまって置こうと決心した。

この小説はライトノベルで、表紙もアニメイラストだし、挿絵もアニメイラストである。それだけにとっつきにくいし、また、ラノベの市場は一般的なエンターテインメントではないので手に取りにくいだろう。ライトノベルが一般的な小説でないのは、文章のせいかもしれない。何しろ全体的に文章が拙く、極めて簡易な文体であるにもかかわらず、読むのが億劫になるほどだ。一つの文章の後に文が続かず直ぐ改行しているのだが、これでは小説というより散文詩のような文章の構成である。散文詩というと褒め言葉に聞こえるかもしれぬが、要は文章と文章との間に空白が多く、スカスカの文章だということで、読めたものではないのである。同じライトノベルでも桜坂洋は文章を読んでストーリーを理解することができるが、この赤城大空という人の文章は、まるでノベルゲームのように文章をスキップしても充分にストーリーが理解できてしまい、ストーリーを単に追うために、このお粗末な文章が存在するかのようだ。

しかし私はあまり本作を否定的な評価にはしていない。ライトノベル風の映画『君の名は。』は低評価だが、本作は標準クラスの評価だ。それはこの小説のストーリーが良いからである。本作は映画化されているようだが、このストーリーなら映画版もそれなりに良いかもしれない。というより、むしろ、上手く演出すれば感動的な作品に化ける可能性はある。

レビューの最初に挙げたあらすじから分かるように、本作は智という高校生の少年が、恋しい燐を幸せに死なせるための物語である。ゆえに小説の全体を貫くのは智の優しさである。智の告白が燐に嫌な思いを与え、不幸せに死なせたのであれば、智は燐に告白しない。そうすることで智は、気持ちを抑えながらも、燐とバンドを通じて高校生活を楽しく過ごせるし、幸せな感情のまま、この世を去らせることができると思ったからである。智は影から彼女を思うだけに徹しようとしたのだ。何と健気な若者か!と中年男性である私は爽快な気持ちを感じた。

面白いのは、ただ過去をなぞるだけだと思っていた智だが、智がかつて経験した過去とは違った過去になっているのだった。燐が智を恋するような素振りを見せるのである。例えば、幼馴染の少女と仲良くする智に燐が嫉妬したり、智が燐のことを好きではないと他人に言ったのを盗み聞きしてしまった直後からバンド活動に身が入らなくなるところである。しかし智は、それでも燐に思いを悟らせまいとする。ここはかなり徹底している。智は、燐が何となく自分を好いていることには気付きながらも、それを打ち消す。燐が自分を好きなはずはないと。それは、もう二度と、燐に辛い思いをさせたまま死なせたくないからである。この智の優しさは、赤城の下手な文章をもってしても充分に伝わってくる。

そしてこの小説のストーリーが良いのは、実は燐の病が治って、「アハハハ、やっぱり死にませんでしたぁ〜!」なんて陳腐な結末にはせず、絶対に燐が死ぬところであろう。過去はいくら変わっても結末は絶対に変えない。ここに本作の恋愛小説としての妙味が表れている。やろうと思えばシンプルなハッピーエンドにもできるはずだ。だがそんなことをしたら智のこれまでの優しい思いが軽くなる。そして、絶対に変えられない死を迎えることには、2つの意義があるのだ。

1つは、燐が本当に智を好きになっていたということ。死を迎えることで燐は智のことを好きだと強く認識し、智に手紙で伝えたのである。もう1つは、燐が最初の過去でも、次の過去でも願っていたように、智に、バンドを続けて欲しいという願いを実現することである。燐を幸せに死なせるために取った智の優しさは、おそらく燐に伝わっていたことだろう。それゆえに燐は彼を好きになった。そして、幸せに燐をこの世とお別れさせたことで、そして、燐と相思相愛になれたことで智は、バンドを続けることになったのだ。しかも、彼がバンドのリーダーとして今後は活躍するのである。これは、最初の過去とは違って、後悔することになる決断ではない。結局智は思いを伝えないが、燐は彼の気持ちを知悉していた。これにより智は前へ進めるのである。なかなか良いストーリーで、文章さえ巧ければ佳作になった可能性がある。