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【映画レビュー】 淵に立つ 評価☆☆☆★★ (2016年,日本)

淵に立つ(通常版)[DVD]

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カンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞


『淵に立つ』は深田晃司監督の映画で、2016年公開。その年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、審査員賞を受賞した。キャストは浅野忠信筒井真理子、古館寛治等。深田監督は2015年に『さようなら』が東京国際映画祭に出品されるなど、既に国際的な評価を高めつつあった。

浅野忠信の異質な存在感


『淵に立つ』は、殺人を犯した罪で服役した八坂が出所してくるところから始まる。八坂は町工場で働く旧友・利雄の元へ行く。利雄には妻・章江と娘・蛍がいる。利雄は章江との会話がほとんどない。章江はプロテスタントの信仰を持つ。蛍は小学校中学年くらいでオルガンを演奏している。

利雄は殺人者である八坂を理由なく町工場で働かせ、家に泊める。利雄は覇気のない表情で誰に対しても応じて、血が通っていないかに見えるが、それは恐らく、八坂の殺人の現場に立ち会っていたからであろう。そして八坂を理由なく町工場で働かせて家に泊め、食事を提供するというのも、八坂が警察に口を割らなかったことへの罪悪感によるものだ。

ストーリーの中盤で、八坂は蛍に、故意に大怪我を負わせ、家族の元から去って行く。蛍には酷い後遺症が残ってしまった。過去の罪から自分の関係した出来事を隠そうとした利雄に、八坂は蛍を暴行することで払拭することのできない深い印を刻み付けた。

後半は、浅野忠信演じる八坂はほとんど現れない。しかし、八坂が負わせた深い印により、利雄・章江・蛍の家族にとって異質な存在感を持たせ続ける。家族は常に、八坂によって回っている。興信所に八坂の消息を探させている利雄、八坂によって暴行された蛍を介護する章江、そして暴行されほとんど理性がなくなってしまった蛍は、家族は全て、八坂によって常に不安を抱えながら生きざるを得なくなっていた。

安っぽいミステリーに残念


浅野忠信演じる八坂の異質な存在感は凄まじく、物語全体に不安な影を落とす。それは良いが、町工場で働くことになる孝司が、実は八坂の息子だったという展開は過剰だった。

利雄・章江夫婦の会話のない生活、プロテスタントを信仰する章江、にもかかわらず八坂に惹かれてしまう章江の描写などはリアリティがあった。章江と八坂が性交をしたシーンは描かれていないが、相互に、性的に興奮してしまうところはかなりエロティックである。そして八坂による蛍の暴行も真に迫るものがある。

だが、町工場に新しく働くことになった若者・孝司が実は八坂の息子だったというのは現実的ではない。一気に、安っぽいミステリーのようになってしまった。八坂と苗字が違うのは八坂の籍に孝司が入っていないということで説明がつくが、偶然、町工場で働くことになるというのはどうか。

そこまでしなくても、八坂の異質な存在感は、利雄一家に、既に深い影を落としきっているのだし、非現実的なストーリー展開を強制するようで大変残念だった。孝司が町工場で働いているのは良いと思うが彼が八坂の息子である必要はあったのか。罪を犯したのに逃げようとする利雄に、憎い八坂の息子が生活に関わってくるというのは、人工的な罪の押し付けのようで不要な展開だと思った。