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【書評】 みずうみ 著者:川端康成 評価☆☆☆★★ (日本)

みずうみ (新潮文庫)

みずうみ (新潮文庫)

陰鬱で地の底を這う蛇のような作品


『みずうみ』は川端康成の中編小説。美しい女を見ると、憑かれたようにあとをつける男が主人公。現代のストーカーのように女のあとをつける桃井銀平の不気味さは、読んでいて背中がざわざわさせられる。陰鬱で地の底を這う蛇のような本作は、読む者の足元を毒牙で噛んでくる。読者は『みずうみ』の桃井銀平のストーキングぶりに嫌悪しながらも、彼の行動やセリフに注視せざるを得ない。そしていつの間にやら、桃井銀平の不気味さの虜となっているのだ。

意識の流れ


私が読んだ『みずうみ』は新潮文庫版で、文庫の背表紙を見ると『みずうみ』は「女性に対する暗い情念を”意識の流れ”を描写」しているとある。その通りで、『みずうみ』は筋道が通った論理的な小説ではない。ストーリーはあたかも川の流れのようで、流れる川の途中に石が止まり、そのために流れが遮断されたり、流れが交差したり、流れが分割していったりする。ストーリー展開がぽんぽんと変化していく様は、まるで夢を見ているかのようだ。

桃井銀平の気色悪さ


桃井銀平の気色悪さは、例えばこんな描写に表れている。彼が風俗に行き、湯女に髪を洗ってもらっているシーンだ。

「あんたの声は、じつにいい声だね。」
「声・・・・・・?」
「そう。聞いた後まで耳に残っていて、消えるのが惜しい。耳の奥から優にやさしいものが、頭のしんにしみて来るようだね。どんな悪人だって、あんたの声を聞いたら、人なつかしくなって・・・・・・。」

こんなセリフは、恋人から言われなければ不気味で、銀平が女に馴れていないというより、女に対する自分の支配や執着の心がそう言わせているのである。その他にも銀平は湯女に、故郷はどこかと聞いたが相手が答えないので「天国か?」と言ったりする。変態のような銀平に読者はぞっとするが、こういった銀平の不気味な描写が執拗に続くと、だんだん読者は銀平の薄気味悪さが癖になっていく。そして、いつの間にか、銀平の不気味さが癖になっているのを発見するだろう。

それと、銀平は元教師なのだが、教え子と恋愛し、しかも肉体関係まで持っているのだ。もう本当に最低な男なのだが、このクズ男ぶりが、やはり読み進めていくにつれて、癖になる。もっと変態で、不気味で、クズっぽさを見せて欲しいと思うようになる。どことなく、桃井銀平が谷崎潤一郎の初期短編に出てくる、女を虐待する男に似ていると感じた。