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【書評】 命売ります 著者:三島由紀夫 評価☆☆☆★★ (日本)

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

命売ります』における軽快な文章のタッチ

三島由紀夫のエンタメ小説『命売ります』を読んだ。『仮面の告白』『金閣寺』『禁色』等の詩的なレトリックと比べると、いかにも軽く廉い感じがする文章だ。だが『命売ります』が掲載されたのは集英社の「週刊プレイボーイ」だ。中高生の男子諸君なら誰しもわくわくしながら読んだことを記憶しているだろう「プレイボーイ」に、三島由紀夫の小説が掲載されていた!驚かされるが、それゆえにこそエンタメに徹した三島由紀夫の文体の軽快さが小気味良い。『夏子の冒険』もエンタメ小説だが、『命売ります』の方がだいぶ軽い。しかも『命売ります』は、自決の2年前に書かれていたというから、三島の死と比べて考えると興味深い。

2018年1月にドラマ化された。

命売ります』は文豪再評価のトレンドの中で売れた

命売ります』はちくま文庫で発売されているが、筑摩書房は2015年7月に突如として7万部を重版した。2015年8月までに累計11万部を発行しているので、半数以上を2015年7月に発売したことになる。映画化・ドラマ化であれば、原作本が再評価され売れるということが分かるが、そういったメディア化がない中で売れるというのは異例。下記URLの記事を読むと、文豪作品再評価のトレンドがあるからという。

www.zakzak.co.jp

記事では三島の『命売ります』の他に、獅子文六『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫)も、メディア化とは無関係に売れたことが紹介されていた。2013年4月の復刊文庫化とともに、累計5万7000部を増刷した。私は去年、谷崎潤一郎の長編をほとんど読み、昨年の年末から川端康成三島由紀夫の長編を読み始めたが、面白いし、文章は大いに参考になる。最近の小説家も良いのだろうが、私はやはり谷崎潤一郎川端康成三島由紀夫あたりが好みだな。こういう感じで文豪作品の再評価がなされ、売れ続けていくことを望む。

命売ります』は日常の倦怠から死を願う男の話

命売ります』は、主人公の日常に対する倦怠・無聊から死を願うようになった男が主人公。羽仁男(はにお)という名のコピーライターである。

羽仁男は、コピーライターとして上手くやっていて、独立することができるほどの技術とセンスがある。しかしある時、「ああ、世の中はこんな仕組になっているんだな」ということが分かった時、死にたくなったという。これが羽仁男流の日常への倦怠・無聊なのである。三島由紀夫は、日常の倦怠・無聊の描写を繰り返し書いている。『鏡子の家』の冒頭の描写も「みんな欠伸をしていた」から始まっていたが、本作もそういった日常に倦む者を描いている。北野武も、かつて映画で『ソナチネ』において、日常への倦怠から死に場所を探し求める作品を撮っていたが、かつての北野と三島由紀夫とは、案外相通じるものがあったのかもしれない。

エンタメ小説であるから、詩的レトリックは削られ、論理性も控え目なので三島由紀夫が書いたエンタメ小説ということでは注目されるが、それ以上でもそれ以下でもない。エンターテインメントとして突出した物語構成、人物の設定などがある訳ではない。『007』や『ミッションインポッシブル』のように、影の世界で暗躍する男の世界が緩やかに描かれていた。