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【書評】 経済学的思考のすすめ 著者:岩田規久男 評価☆☆☆★★ (日本)

経済学的思考のすすめ (筑摩選書)

経済学的思考のすすめ (筑摩選書)

経済学者・日銀副総裁の岩田規久男について

私が好んで読む経済学者は2人いる。吉川洋と本書の著者岩田規久男だ。どちらも経済学者であり政府系の仕事に携わった。吉川洋経済財政諮問会議間議員を務めた。岩田規久男はリフレ派の経済学者で、日銀の金融政策に対して鋭い批判を続けていた。長年大学教授をしていたが、黒田東彦日銀総裁に就任すると日銀副総裁となった。インフレ目標を2%に掲げて金融政策に取り組み、デフレ脱却の道筋をつけた。しかし2%の目標は未達成のまま、任期満了で退任する模様。

経済学的思考とは?

著者が本書で言っている「経済学的思考」とは何か。

経済学的思考とは演繹法である。すなわち、AならばBであるという思考方法である。経済学は「Aならば」という仮定をふんだんに使い、思考実験を行っていく。なんだかロジカルシンキングの仮説思考やゼロベース思考のようだ。著者は演繹法と思考実験について以下のように書く。

経済学は仮定を設定して、その仮定の下で、一定の目的をもった人や企業や政府がその目的を最大限実現するように行動すると考える。そして、はじめに設定した仮定が変化した場合に、人や企業や政府の行動がどのように変わるかを演繹的に推論する、そういった思考実験により、さまざまな命題を導き出す。

経済学的思考(演繹法による)を使えば、まだ起きていない事態についても予測することができる、という訳である。当たり前を当たり前として受け取らずに、「AならばBである」で思考実験して仮説を確かめていくやり方はビジネスにも応用できるだろう。

日常生活を経済学で分析する

本書は演繹法によるもののほかに、多くの経済学を使って事態を分析する。たとえばファミレスでよく見る「おかわり自由」である。コーヒーやみそ汁、ご飯がおかわり自由と銘打たれて、客は得した気分になる。だが著者は、ファミレスが「平均的なおかわり回数」を計算して価格に上乗せされているのだから、得ではないと言う。

リカードの比較優位を使った「人の役割を決める比較優位」という議論も面白い。リカードの比較優位の原理は自由貿易の利益を説明する概念で、自身のもっとも優位な分野(例えばポルトガルにとってのぶどう酒、英国にとってのラシャ)に特化して生産すれば、生産性が増大され、ポルトガルも英国も相互に利益を得られるというもの。これをキャリア論に広げた議論になっていて興味深い。その他、シグナリング原理、合成の誤謬なども日常の話題を使って分析していて、ビジネスにも大いに活用できそうに思った。

辛坊本批判の前半がつまらない

一方、前半の辛坊本批判はつまらない。シロウト経済学の代表として辛坊本を批判しているのだが、どれほどの意味があるのか。シロウト経済学を経済学的思考で批判されても、だから何なの?でしかない。シロウト経済学を批判するよりも、経済学的思考ができていない経済学者を探し出して、批判した方が効果があった。そんな経済学者がいないのかもしれないけど。

タイトル選びのまずさ

岩田規久男は一般向けに数多くの本を書いている。岩田が書く一般書は、知的レベルを落とさずに書いているところが面白く、いくらでも読みたくなる。

だが、必ずしもあまりタイトル選びがうまいとは言えない本もある。本書『経済学的思考のすすめ』しかり、『まずデフレをとめよ』(編著)、『景気ってなんだろう』などタイトルで中身が想像できるうまさはあるが、センスが良くない。軽いタイトルにするにしてももう少しなんとかならないか。ポール・クルーグマンの『さっさと不況を終わらせろ』なんかはかっこいいしセンスを感じる。訳者の山形浩生が決めたのだろうか。岩田ももうちょっとタイトルに工夫を凝らして欲しい。経済学者で日銀副総裁の岩田規久男が書いた本、ということで、本書の言葉を借りればシグナリングはあるが、その効果を削減しかねない。

本書『経済学的思考のすすめ』についていえば、『福澤諭吉に学ぶ 思考の技術』の姉妹編である。タイトルは、福澤諭吉の『学問のすすめ』のもじりだろうが、それをふまえてもダサい。それに加えて前述のように、本書の前半は辛坊本批判がちっとも面白くなく、読むのを止めたくなるほどだった。