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【書評】 人事の統計分析 人事マイクロデータを用いた人材マネジメントの検証 著者:中嶋哲夫、梅崎修ほか 評価☆☆☆★★ (日本)

人事の統計分析: 人事マイクロデータを用いた人材マネジメントの検証 (MINERVA現代経営学叢書)

人事の統計分析: 人事マイクロデータを用いた人材マネジメントの検証 (MINERVA現代経営学叢書)

統計分析を活用して人材マネジメントを検証する

本書は経済、公共政策の研究者のほかにコンサルタントのような実務家も含め、複数の著者による共著である。6社の企業の実際の人事データを統計分析して検証結果を検討するという興味深いテーマを扱っていた。私も人事評価コンサルティングをしていると、企業から定性的な分析とともに定量的な分析を求められる場面に会う。そもそも、企業が定量的分析の必要性を認識していないことがあり、その際は私たちの方から定量的な分析結果を提示する。その意図するところは、企業の事業戦略に人事戦略の関与が深いからだし、業績の関数として人事の課題は避けて通れないからである。しかし定性的な分析ばかりしていると人事部も経営者も、人事の課題が業績の関数だと思ってもらえないことが多いのだ。ゆえに、定量的分析は重要なツールであり本書が実施した統計分析は丁寧で実務的に参考になった。

著者が本書で言及している通り、統計分析を活用して人事制度を中心とした人材マネジメントの諸問題を検証したことの意義はあるだろう。感覚的に、「アベノミクスで職務等級制度が注目されている。我社も同制度を採用しよう」といったり、「ダイレクトリクルーティングなら候補者に直接コンタクトを取れるから我社も同方法を採用しよう」といったりするのでは、人事戦略は地に落ちる。

本書のように、統計分析を活用して定量的に人事制度を観察し、事業戦略に即した人材マネジメントを実行すること。感覚や、あるいは定性的な人材マネジメントのみでは、人事戦略は片手落ちなのだ。統計分析の効果のほどは、本書を読めばたちまち痛感できるであろう。

対象企業の偏りが気にかかる

しかし、統計分析の重要性は理解できても、対象企業の偏りが気になるのも事実だ。前段で述べたごとく、本書は、統計分析を活用して人材マネジメントを検証し、人事制度の仕組みや制度の課題を浮き彫りにする。統計分析と検証の結果は有意味で本書の意義は大きい。

一方で、検証の対象とした企業の偏りが気にかかる。まず、対象企業の従業員の規模である。従業員200名~1,400名の中堅企業が対象企業だ。中には2,000名の企業もあるが1社のみで、大手を外した理由を知りたくなる。人事制度が整備されていないことがある中小企業を少なくしたとしても、大手企業は人事制度を構築しているし成果主義や職務等級制度などの新しい人事制度を採り入れるのも大手企業から始めることが多かろう。対象企業の数は6社で、多いとはいえないが大手企業の割合が高ければ6社でも良いだろう。加えて、業種の偏りも留意したい。6社中5社が製造業、1社がインテリア工事業だった。サービス業が1社もない。サービス業ではどういう検証結果が得られるか?知りたいところである。いずれにしても製造業が6社中5社もあるのは多過ぎる。

あとはデータ分析をした期間である。1990年代から2000年代前半の日本企業を対象としている。本書が出版されたのは2013年だ。もうちょっと最近の時期を分析しても良いのではなかったか。そのせいで、企業が採用している人事制度は軒並み職能資格制度になっている。もっとも、単に職能資格制度といっても企業によって色合いは様々で、コンピテンシー評価を採り入れることで能力ではなく行動評価をしている企業も含まれてはいる。だが、分析期間が古いせいで職能資格制度ばかりになってしまったのはもったいなかった。

中小企業への焦点

日本において、中小企業で働く従業員は数多い。日本の企業の9割が中小企業だという実態もある。それゆえ中小企業の人事データを統計分析することの重要性は大きい。本書では中小企業を分析の対象としていた。対象となるのは従業員200名の製造業である。賃金制度の実態の把握、昇進・昇格について分析し、「早期格差を統計的に確認できるか」に着目している。結果、中小企業における早期格差は行われていたということを統計分析的に確認されている。

新しい知見は提供されないが統計分析の重要性を改めて実感

本書を読むことで、統計分析という視点で人事データを検証することの重要性は改めて実感できた。読後の効果としてはそれくらいか…