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【書評】 ユリゴコロ 著者:沼田まほかる 評価☆☆★★★ (日本)

ユリゴコロ (双葉文庫)

ユリゴコロ (双葉文庫)

読者の頭が「?」になる設定が鼻につく

幼少の頃から理由なく殺人を犯してきた女性・美沙子。彼女はミチルちゃんという女の子が事故で池に落ちたのに、助けもせず見殺しにした。それから彼女は理由なく殺人を犯していくのだが、その理由は最後まで語られない。理由なき殺人をテーマにしている訳でもないので、殺人の理由を記述しない「理由」が分からない。

その後、彼女は成人して結婚、出産した後まで自分の殺人が他人にバレることがないのだが、突発的に殺人を犯すシーンが多いのになぜ他人にバレないのか理解に苦しむ。警察はとってつけたように、美沙子が殺した同僚のことについてようやく動き出すのだが、これまで美沙子の殺人を見逃していた癖にどうして今頃動き出すのだろうか。それと、美沙子が殺害した同僚は、スチール製のごみ箱で殺されてしまうのだが、なぜそこまで軟弱な体を持っているのだろうか。美沙子は物語の最後まで殺人を続けて、裁かれることがないが、大して魅力的に描かれている訳ではなく、逆に異常な殺人鬼としてグロテスクに描かれている訳でもないのに、なぜ生き長らえるのだろうか。

しかも、ラストは理不尽なまでに平凡なハッピーエンド。作者は一体、どういう頭の構造をしているのかサッパリ分からない。

作者は文章が上手いが、上記のように読んでいて頭が「?」になる設定が鼻についたので、標準的な評価は与えられない。

設定が凝り過ぎ!リアリティが薄くて退屈なミステリー

小説という表現形式は、確かにフィクションだとはいえ、読者にリアリティを感じさせなければ絵空事に過ぎない。誰が書いたか分からない「ノート」を主人公である亮介が見つけ、次第にそれは「母」が書いたものではないかと疑っていく展開は良い。亮介には両親がいるが、母は事故死して、父は末期のすい臓がんに侵され、祖母は認知症を患っている。亮介が見つけたノートは家の中に隠されていて、男性が書いたか女性が書いたか分からないのと、事実か虚構か分からないという展開も緊張感があって良い。

だが、事故死したはずの母親は実は叔母で、叔母は亮介の父のことが愛していて、殺人者の姉を殺害して妻の座におさまっていたという展開が理解できない。姉妹で1人の男を好きになっても良いけれど、姉が連続殺人者という衝撃的な事実を受け入れること自体、相当な心理的困難が想像されるはずだ。殺人者を生んだ家になど、一時たりともいたくないと思うだろう。どれだけ姉の夫(亮介の父)を愛していたのか小説では分かりにくいが、それでも殺人者の夫だった男である。関わりたくないと思うのが自然ではないか。妹が家と縁を切らなくても構わないが、結婚しようとまでは思うまい。自然に後釜に収まったと小説では説明しているが、そういう事態を生むことが不自然極まりない。

しかも、姉は、実は殺害されておらず生きていて、亮介が経営する喫茶店で働きながら亮介を見守っていたという設定には嘆息せざるを得ない。恐らく作者は、主人公の母の結末【殺されておらず生きている】【亮介の傍にいる】【亮介の代わりに彼の恋人の仇を殺す】【ずっと亮介の父を愛していて、末期がんに侵された父と旅行に行く】などを先にイメージして、そこから逆算してストーリーを書いていったのではないかと想像する。確かに母の結末としては衝撃的なのだが非現実的に過ぎる。

警察は一体、その間何をしていたのか?美沙子が、日本の警察の網をかいくぐって、連続殺人を続けられるほどの知性を持っているという描写がないのに、警察はとってつけたように登場するだけ。警察はそこまで無能なのか。しかも、最後の最後まで美沙子は殺人を犯している。自分の主体的な気持ちだけで殺人を犯している彼女にはほとんど共感できない。こんなに共感できないのに自分が愛する亮介の父とは相思相愛で、最後は、父の最期の旅行に付き添えるという、ハッピーエンド。ずいぶんと恵まれた人生である。

作者の想像力は評価できる

上記の通り、ストーリーの粗い構成には不快感を禁じ得ないが、作者の妄想癖は評価して良い。家の中に残されたノートの作者が父なのか母なのかと疑い、ノートに書かれたことが真実か虚構かと疑い、現実があたかもノートに導かれるように展開されていく様はスリリングだ。ストーリーが粗すぎて読んでいてヤキモキさせられるのが残念極まりないが、作者の想像力は評価して良い。あと、文章は割りと上手かった。