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【書評】 ゴリオ爺さん 著者:オノレ・ド・バルザック 評価☆☆☆☆☆ (フランス)

ゴリオ爺さん (古典新訳文庫)

ゴリオ爺さん (古典新訳文庫)

才能ある小説家バルザック

ゴリオ爺さん』は、オノレ・ド・バルザックの小説。バルザックの小説を読むのは初めてである。ドストエフスキーもそうだがバルザックも金に困った作家だそうで、『ゴリオ爺さん』にも金にまつわるエピソードがたくさん出てくる。バルザックは作家として本格的に仕事をする前は実業家をやっていて、それがうまくいかなかった。実業家をやりながら小説も書いていたが、商才はなくとも作家としての才能はずば抜けていたのだろう。文庫にして500ページにもなる本書を、バルザックはわずか4ヶ月で書いたというのだ。

バルザックは日本の漫画家の手塚治虫のように、小説にスターシステムを採用していて、1つの作品に出てきたキャラクターが他の作品にも何度も出てくるというから面白い。ストーリー上の関連性はないが、彼が人間喜劇と名付けた小説群の中に、同じ氏名を持ったキャラクターが次々と出てくる訳である。本書の主人公であるラスティニャックは25作品に登場している。ちなみに、他のキャラクターの登場回数は以下の通りとなっていた(本書の解説に記載がある)。

人間喜劇・登場回数ベスト5

1位:ニュッシンゲン(31作品)
2位:ビアンション(29作品)
3位:ド・マルセー(27作品)
4位:ラスティニャック(25作品)
5位:デスパール公爵夫人(24作品)

キャラクターの個性は強く、1度読んだら忘れられないような強い印象を放つ。ストーリーやテーマはドストエフスキーの方が面白いが、このキャラクターの個性の強さは他に比肩する作家がいないかもしれない。キャラクター性で勝負するラノベ作家はバルザックを読んだ方が良いかも……

パリ社交界での出世を夢見るラスティニャックの物語

ゴリオ爺さん』はゴリオ爺さんというタイトルだが、主人公はウジェーヌ・ラスティニャックという男子大学生である。貴族の息子ながらヴォケール館という貧相な館に下宿する身の青年だ。パリ社交界での出世を夢見て、貴族の人妻に近づいたりするが、その中にはヴォケール館の住人の元製麺商人ゴリオ爺さんの娘もいた。娘を貴族の妻にするために、ゴリオ爺さんは身銭を切るのだが、娘たちは自分の境遇が不幸せなので独善的になっているのである。ゴリオ爺さんゴリオ爺さんで、娘たちのことを真に思っているというよりは彼も独善的なのだ。ゴリオ爺さんは「父はこうあるべし」という理念の下に行動し、娘の心情と向き合っている訳ではなかった。金持ちと結婚すれば幸せだと思い込むところに、娘たちとゴリオ爺さんとの心の距離が遠ざかるゆえんだろう。

ラスティニャックは出世を夢見て、貴族夫人の何人かに近づき、その中のニュッシンゲン夫人と愛し合うようになる。この人はゴリオ爺さんの下の娘である。美しい人だが、夫には愛されておらず夫にも愛人がいる。さらに彼女は貴族夫人でありながら金を自由に扱うことができず、不自由していた。ラスティニャックはラスティニャックで、ニュッシンゲンを本気で愛するというよりは出世の踏み台として考える向きの方が強い。しかし彼はニュッシンゲン夫人よりはいくらか人間的で、ヴォートランにそそのかされて金持ちの娘と結婚するような真似はせず、また、ゴリオ爺さんが死の淵に陥った時に甲斐甲斐しく看病するのだった。

ラスティニャックとビアンション

ウジェーヌ・ラスティニャックが極めて魅力的で、ラストの「今度はおれが相手だ!」の名台詞もめちゃくちゃかっこいい。純文学でこんなにかっこいい男を描ける作家はいるだろうか?とすら思えるが、男性の性的魅力に富んだラスティニャックのかっこよさは物語全体を通じて見られる。いくらかっこいいといっても、光源氏みたいに、女たちがラスティニャックに耽溺するという訳でなく、彼が見初めた女と愛するだけである。

ラスティニャックは出世欲が強く、金へのこだわりを見せる。バルザック自身が金に困った作家で借金を背負ったこともあるので、金に執着するキャラクターの描写は実にリアリティがある。金がなければ人は生きていけない訳だが、金が目的となると人間は変わってしまう。ラスティニャックも金へのこだわりは強いが、むしろゴリオ爺さんの2人の娘たちやその夫の方がよほど金にがめつく見えた。そのせいで人間が変わってしまったかに見えるのだ。いかにゴリオ爺さんが独善的とはいえ、自分の置かれた境遇が不幸せとはいえ富裕層への仲間入りをさせてくれたのは、他ならぬ父親のお陰なのである。それを忘れて父親が病弱になっても、見舞いにさえ来ない娘たちの非常さはいかに。

ラスティニャックの友人の医大生ビアンションも面白いキャラクターだ。態度が良くない男で、彼はヴォケール館の住人ではないし脇役にすぎないのだが、リアリズムに徹した口の利き方、全てを見透かしたようなシニカルな思考など、印象に残る人物だった。

……とまぁ、だいぶ褒めちぎってきた本作だが、1点だけ嫌だったのは第1章だろう。とにかく冗長で長い。いつ第2章に進むのかと思ったくらいだった。減点するほどではなかったが…
訳者によるとこの冒頭部分こそが『ゴリオ爺さん』の肝だそうだが、よくわからなかった。