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【書評】 火花 著者:又吉直樹 評価☆☆★★★ (日本)

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

やっと読めた『火花』

ふだんテレビをほとんど見ない私が、お笑い芸人の又吉直樹の名を知ったのが2015年。彼の著作が芥川賞を受賞したからだ。その著作が本書『火花』。お笑い芸人が書いた小説で、登場人物もお笑い芸人であるという。

何となく気にはなったものの、お笑い芸人出身ということと、芥川賞受賞作ということにバイアスがかかってお金を出して買う気にはなれなかった。従って図書館で借りて読もうと思ったのだが、なにしろ200万部のベストセラーである。借りたい人は山のようにいる。だから人気が沈静化するのを待った。待つこと4年。ようやく2019年5月になって図書館で予約したら直ぐに借りることができた。

やっと読めたという感じだったが、案の定面白くなかった。芥川賞受賞作品ということなら、青山七恵の『ひとり日和』よりは良いが、村田沙耶香の『コンビニ人間』には遠く及ばない。『コンビニ人間』は本書と同じくミリオンセラー(100万部なので『火花』の半分だが)。

オチが下らない

テレビでたくさんのお笑い芸人が出ているが、ほとんど面白くない。面白くはないが、お笑い自体は好きだった。北野ファンクラブ時代のビートたけしは面白かった。面白かったのでDVDボックスを購入した。ツービート時代のたけしもYouTubeで見ると面白いのだが、彼らの漫才はDVD化されないようで残念だ。差別ネタ、ブスネタ、老人いじめネタが多いからダメなのかもしれない。

また、明石家さんまも昔は面白かったのだが、今はどうも笑えない。ミスタービーンも偶にAmazonプライムで見て笑っている。そして、映画のジャンルでもコメディが好きである。だから笑うという行為は欲しているのだ。でも、今はたけしさんまも含めて面白いと思えることが少ない。今年のR1グランプリのこがけんは面白かったが、あれは特異な例なのだろうと思う(彼がなぜR1の決勝戦に出られなかったのか不明だ)。

本書の主人公は売れないお笑い芸人。そして、彼が師匠と仰ぐ男もお笑い芸人。小説中に漫才のシーンが出てくるが、何も面白いことがない。又吉直樹はお笑い芸人なのだろうが、面白い芸人ではないのだろう。私は、特に師匠の漫才が面白くないので、主人公がなぜ彼に心酔しているのかずっと分からなかった。

聴衆に嫌われても自分の本音を言えることに心酔しているのだが、嫌われても本音を言えるって、それは笑いなのだろうか?例えば漫才師としてのやり取りや、漫才中に師匠が吐くセリフが「言葉」として面白いものでないと、笑いにならない気がするのだが。主人公は、漫才の相方がお笑いを辞めるというので解散ライブをやるのだが、そこで師匠のマネをして、嫌われても本音を言う。でも、それがどうしたのだろう。「死ね死ね」とか漫才で言っていて、観客は落胆していたし、何よりも、『火花』を読んでいる私が一番興ざめしていた。

オチもひどい。1年以上借金取りから逃げ回っていた師匠が、久しぶりに主人公の前に姿を現す。すると胸のあたりが大きい。何だろうと思っていると、豊胸手術をしたんだとか。それで笑えるだろうという師匠。なんだそりゃ。B級小説を読んじゃったなあという感想しか出てこない。

破天荒な人生はどうだ?

芸人というと、横山やすしみたいに破天荒な生き様を見せる芸人もいる。芸人じゃないけれど、漫画家の青木雄二なんかも、40歳くらいまで職を転々としていて、デビューはしていたが売れない漫画家だった。突如として『ナニワ金融道』で売れて、50代半ばで早死にした。ありふれているかもしれないが、『火花』の師匠みたいに、中途半端な芸人よりは、やすしとか青木みたいに破天荒な人生を生きた人の方が面白いし、そういう人を師匠と呼ぶなら、『火花』の主人公も「良い目」をしているじゃないのと言いたくなるが、芸はつまらないし、最後は豊胸で終わるってねえ・・・。

最低点をつけたくなる小説だが、☆2に留めた。その理由は、エピソードが良かったのと、文章が標準的だったことだ。エピソードというのは主人公が師匠に姉の話をするくだり。貧乏な家庭に育った主人公は、姉の話をする。姉はエレクトーンが買えないので、紙に書いたピアノでエレクトーンの練習をするのだ。そして、人前でエレクトーンの腕前を披露する時に、うまく弾けない。なぜなら、エレクトーンは電子楽器で電源を入れないと音が出ないことを知らなかったからだ。姉の情けない姿に、主人公は泣いた。なんで泣いているんだと尋ねる母親も、目が赤かった。そして母は父に内緒で姉のためにエレクトーンを買ってやる。姉はエレクトーンを弾き、弟はそれに合わせて歌い続ける。

これはなかなか忘れがたい、良いエピソードである。あと、文章は標準的で、冒頭の「大地を震わす和太鼓の律動」云々を読んだ時は頭を抱えたが、後の文章はフラットな文体に変わった。この方が読みやすいとは思う。思うけれど、ストーリー展開が全然面白くないので、次回作以降はストーリーの構成を組み立てておきたい。著者は太宰治好きだそうなので関心はないだろうが、三島由紀夫が参考になるかも。