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【書評】 沈める滝 著者:三島由紀夫 評価☆☆☆★★ (日本)

沈める滝 (新潮文庫)

沈める滝 (新潮文庫)

人工的な愛の完成を目指す

『沈める滝』は三島由紀夫の長編小説。1955年刊。女性を愛することのできない男・城所昇は美男子で、ありとあらゆる女性から求愛され、それに応じるが、1人の女性とセックスに応じるのはただの1度だけ、特定の恋愛を継続させることがなかった。昇はダムの設計技師で、ある電力会社に勤めるが、そこは祖父が会長をしていた会社である。資産もあり家柄も良く眉目秀麗で女に求愛される城所昇は、女性を愛せない。ある時、人妻・顕子に出会う。いつもの感覚で顕子の肉体を求めた昇だが、顕子は不感症で性的に全く感じることのない女だったのだ。昇は顕子と、人工的な愛を完成しようと約束する。

三島由紀夫らしい愛の倦怠感

『沈める滝』で描かれている愛の倦怠感は、『音楽』『禁色』などでも描かれた三島の重要なテーマである。『音楽』は露骨な精神分析で退屈な代物だったが、『禁色』ではそれは、主人公・悠一の内面を深く掘り下げ、また、愛の倦怠感と芸術性とが混交する独特さで、三島の手腕が冴え渡る傑作となった。『沈める滝』における愛の倦怠感は、人工的な愛の完成を求めるもので、それを相手の女性と共に成し遂げるところに独特の香りがある。人工的な愛を完成させるため、昇は人妻の顕子と合わずに、手紙や電話などの間接的コミュニケーションのみで愛を完成させようとする。

雪に閉ざされたダム建設現場

ダム設計師である城所昇は、ダム建設のため新潟県のダム建設現場に行く。元会長の息子である昇は、会社に優遇されている立場だったが、昇は自ら志願して現場に赴いたのだった。それには、顕子との人工的な愛の完成のため、物理的に会わない環境を作る必要があると考えた。しかもダム建設現場は豪雪となり、昇は他の社員たちと共に閉じ込められることになってしまう。雪のお陰で、文字通り顕子と会えなくなる環境が作られた。

私は、間接的コミュニケーションや、環境設定は失敗だったと思う。「人工的な愛を完成する」というテーマは面白いが、直接顔を合わせながら、人工的な愛を完成する方が困難だし、それゆえに小説は面白くなっただろう。会わないより、会った方が感情の交流がある分「人工的な愛の完成」が困難になるゆえに、感情をどう制御するかが難しくなり物語性が高まったと思うのだが。

「自然に」男を愛するようになった女の自殺

顕子は徐々に昇を愛するようになってしまい、夫との離婚さえ決断する。しかし昇は同僚に「あの人は感動しないから、好きなんだ」と言っていて、それを聞いた顕子は絶望して自殺する。このエピソード自体は良いものの、上述の通り、それまでの展開が今ひとつなのであまり高い評価にはできない。「人工的な愛の完成」というテーマは良いし、昇に翻弄された顕子が絶望して自殺するというのも良いのだが、そのための材料やレシピが良くなかった。いくら料理人の腕が良くてもレシピや材料を誤っては旨い料理にはなるまい。どうもそういったところが『沈める滝』には感じられ残念だった。もうひとつ、がんばって欲しかったところ。