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【書評】 いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ 有効需要とイノベーションの経済学 著者:吉川洋 評価☆☆☆☆★ (日本)

ケインズが復活した!

1970年代以降、ケインズ経済学は死んだと思われていた。特にロバート・ルーカスの死の宣告がケインズ経済学に与えた影響は大きい。しかし2008年、米国のサブプライム・ローン問題に始まる世界金融恐慌が起きて、古典派経済学の経済政策では太刀打ちできなくなると、ケインズ経済学は復活した。 

著者の吉川洋東京大学名誉教授。マクロ経済学が専門。ちくま新書で『ケインズ』という本を出している他、マクロ経済学の教科書も出している。そういう経歴の著者が書いたケインズシュンペーターについての本書は、いかにも興味をそそられるではないか。

ケインズシュンペーター、1883年生まれの2人の天才経済学者

本書は以下のように始まる。同じ年に生まれた2人の天才経済学者の誕生が「経済学にとって特別の年」だとして。

一八八三年、この年は経済学にとって特別の年である。二〇世紀を代表する二人の天才経済学者ジョン・メイナード・ケインズとヨーゼフ・アロイス・シュンペーターは共にこの年に生まれた。

ケインズは英国生まれ、そしてシュンペーターオーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)に生まれた。ケインズは名門ケンブリッジ大卒業後、インド省に入省。主にケンブリッジ大で研究。ケインズは、哲学者ウィトゲンシュタインとも親交があった。対するシュンペーターは大学教授であるが、オーストリア財務大臣を務めたり銀行の頭取に就任したりしている。最後は渡米しハーヴァード大学教授となった。シュンペーターケインズの主著『一般理論』に対して強い批判を行ったことでも知られている。

ケインズシュンペーターの著作に丁寧に言及

本書は両者の処女作に始まって、シュムペーターの主著『経済発展の理論』、そしてケインズの三部作『貨幣改革論』『貨幣論』『雇用・利子・貨幣の一般理論』について解説。この中で私が関心を惹かれたのは『一般理論』で、読んだことはないが『一般理論』によってケインズ経済学(あるいはマクロ経済学)が打ち立てられたと考えると、相当にセンセーショナルな本だったのだろう。ケインズ有効需要については、ロバートソンという経済学者の「需要の飽和」が先駆だと書かれていて、この指摘も面白い。
特にケインズの「有効需要」やシュンペーターの「イノベーション」について、紙幅を割いて丁寧に説明する。発表当時におけるアカデミズムへの受け止められ方、そして現実の経済政策への影響、それぞれの理論に対する批判など、記述は詳細に亘り、経済学史の勉強にもなる。

イノベーションで資本主義経済のダイナミズムをえぐる

シュンペーターはわずか29歳で『経済発展の理論』を書いた。著者によれば、本書によってシュンペーター経済学が完成したというのだから、彼は相当に早熟な天才だったのだ。シュンペーター親日的な学者で、来日までしている。シュンペーターには日本人の弟子までいて、中山伊知郎東畑精一である。中山らは『経済発展の理論』の邦訳を務めた。文字通り愛弟子だった。

『経済発展の理論』にはシュンペーターの重要な概念であるイノベーションが確立されている(当時はイノベーションではなく、新結合という用語だった)。イノベーションという概念で資本主義経済のダイナミズムの本質をついたことは興味深かった。ただ、著者がいうように不況とイノベーションとの関わりを論じたところは、確かに私もよく分からない。不況は、好況の撹乱によって変革された与件に適応した新均衡状態に接近しようとする苦闘なのだとか…不況を必要悪とでもいうべき捉え方もさっぱり分からなかった。しかし、需要不足後の経済(不況)にあって、企業が新しいモノやサービスをイノベーションすることで、不況を脱せよという提言は良いと思った。

ケインズシュンペーターの統合?

著者は本書の最後に、ケインズシュンペーターの統合について触れる。それが本書の骨子ではなかろうが、何やら面白いような気配がする。ケインズの説く有効需要と、シュンペーターの説くイノベーションを合体させ、「需要創出型のイノベーション」という成長モデルをつくったのだそうだ。詳しい説明がなかったのは惜しいところだが、ケインズシュンペーター経済学の統合の試みとしてチャレンジングであろう。