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【映画レビュー】 ビューティフル・デイ 監督:リン・ラムジー 評価☆☆☆☆★ (英国その他)

ビューティフル・デイ [Blu-ray]

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渋谷は神山町が良い

ホアキン・フェニックス主演の犯罪スリラー『ビューティフル・デイ』を見た。場所は渋谷のヒューマントラストシネマ。以前もこの劇場には足を運んだ経験があるが、何を見たのか全く覚えていない。しかし、今回見た映画『ビューティフル・デイ』は良い映画だったので、覚えていることだろう。

渋谷駅東口のココチビルというところ。好きなビルである。このビルの周辺は人通りが多いが、駅前に比べると少し大人っぽい。私は学生時代、この近くにあるアドルフォ・ドミンゲスというアパレルに通ったことがあった。それだけ、落ち着きがあって好きなエリアなのである。そしてココチビルの8階に劇場があって、エレベーターで行くか、エスカレーターで行くかを選べる。私はだんぜん、エスカレーター派。エレベーターの方が早く着くが、狭いし、見知らぬ人と顔を突き合わせるのが好きではない。それと、このビルのエスカレーターは天井がひろびろとしていて、一見、吹き抜けのように感じられる。

渋谷にはたまに行く。といっても映画を見るか、東急本店の7階にある大型書店に行くか、タンタンメンの亜寿加(あすか)に行くくらいだ。学生時代は渋谷TSUTAYAとかイメージフォーラムとか、あるいはマルイなんかにも行ったが、最近はそれらのどこにも行けていない。渋谷で服なんか絶対に買いたくない。

渋谷は、駅前は大して面白くないのだ。ココチビルの近辺も良いけれど、東急本店から神山町を通って代々木公園まで歩く道のりが好きである。道すがら、こじんまりとした店舗がいくつも並んでいる。アパレルの路面店があったり、飲み屋があったり、ビストロがあったりする。そのどれもがかっこよく、あるいは美味そうに見える。渋谷はほとんど文化の匂いがしないが、奇しくもBunkamuraという名が付いた東急本店近辺から神山町に赴くあたりには、文化的な匂いがする。その、どれもが、どことなく懐かしい。ぜんぜん、最先端な感じはしないが、それが良い。表参道とか青山のちょっと道を外れたところにある「おや、こんなところにこんな店!」というようなじわっとした驚きに出会えると思う。こういうのが分からない女性とは歩きたくないよな笑

第70回カンヌ映画祭男優賞、脚本賞受賞

前置きがあまりに長くなったが、『ビューティフル・デイ』は良い映画だった。私はホアキン・フェニックスのファンなので、だいたい、彼の映画は見たくなるのだが今回は映画も良い。監督はリン・ラムジーという女性の監督だが、女性っぽさは特に感じられない。グロテスクなシーンもそれなりにあって、執拗な描写はないにしても、それなりにリアリティがあった。昨年(2017年)の第70回カンヌ映画祭で男優賞(フェニックス)、脚本賞ラムジー)を受賞。フェニックスはヴェネチアでも男優賞を受賞したことがあるので、3大映画祭を2つ制したことになる。ちなみに兄のリバー・フェニックスも『マイ・プライベート・アイダホ』でヴェネチアの男優賞を獲っている。兄弟で3大映画祭の一角を制したのは凄い。

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犯罪スリラーの名を冠した心理的な映画

ビューティフル・デイ』は犯罪スリラーというジャンルに位置されるだろうが、この映画については、ジャンルと内容は必ずしも一致しないようだ。東浩紀流にいえばパフォーマティヴな映画ということになろうか。フェニックスが演じるジョーは、退役軍人で元FBI捜査官で現在は、殺人も辞さない「女児を探す仕事で生計を立てる男」。PTSDにさいなまれる男の役だが、彼がかつて主演した『ザ・マスター』で演じた役も似たような印象だった。『ザ・マスター』と違って、本作におけるジョーは、強靭な肉体を誇り、同時に繊細さを併せ持っている。

ビューティフル・デイ』は犯罪スリラーの名を借りた心理的な映画で、ジョーの過去の戦争の記憶、そして幼少期の記憶がフラッシュバックされていく。母を殺害した男を銃で痛めつけつつも、フロアに寝ころんで語り合うような男、それがジョーである。彼は映画の終盤で、自分を弱い男だと嘆いているのだが、その嘆きは彼の繊細な心の現れでもある。銃も使うが、ジョーが用いるのは決まってハンマーだ。ハンマーも幼少期の記憶に結び付けられている。

ビューティフル・デイ』には、2度ほど笑ってしまった。1度目は、ジョーが母親と暮らしているシーンである。殺人も辞さない凶暴な男が母親と暮らす。それのみならず母親とギャグのようなシーンも演じるのだ。母親は、ジョーが帰宅した時に眠っているふりをする。それに、ジョーがまんまとだまされてしまい、2人で笑い転げるというもの。凶暴な男にこういう一面があるところに、強いユーモアとリアリティを感じた。確かに、殺人者だってユーモアはあるし現実の生活があるはずだ。

2度目に笑ったのは最後のシーンだ。ニーナという美しい少女(ヒロインだが)と朝食を摂ろうと、店に入ったジョー。ニーナは売春宿で働かされたり、殺人も犯してしまうのだが、ニーナの苦しい経験に、ジョーは自分を重ね合わせている。ニーナも心を病んでしまっているが、ジョーには親近感があるようだ。

2人は朝食を摂ろうと店に入る。ジョーは、突如、銃口を顔にあてて自殺してしまう…しかしこれは、彼の妄想。席を外していたニーナが戻ってきて、「今日は良い天気(ビューティフル・デイ)」と言って、にやにや笑う。ジョーもそれに続けて、笑う。良い天気だからなんだというのでもないし、数多くの傷を負ってしまった彼女がこれから順風満帆の人生を歩めるとも思えないが、それでもなお、今日は良い天気と、邦題にかけてあっけらかんと言ってしまえるところが良い。そして、それに対するジョーの肯定的な表情。ここで私は、2度目の笑いに包まれ、惜みつつも劇場を後にした。…