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【書評】 『海と毒薬』『死海のほとり』 著者:遠藤周作 評価☆☆☆★★ (日本)

『海と毒薬』

熊井啓により映画化もされた名高い中編小説。戦時中の九大医学部で起こった生体実験に取材したフィクションだ。キリスト教については、『沈黙』に比べると穏やかな言及に留まる。『沈黙』でキリスト教信仰についてどっぷり浸かって、ちょっと遠藤が合わないと思った日本人には本作なら読み易いだろう。

この小説では、「一神教を持たない日本人」「良心を持たない日本人」が描かれている。但し上述の様にキリスト教への言及は穏やかなものだ。

医学部で起こった生体実験に関係して、出世のために生体実験に参加する大学教授、子どもの頃から悪行に手を染めるが特に罪の意識がない医師、そして何となく雰囲気で生体実験に参加する医師が描かれている。それ以外にもちょっと意地悪な看護師が出て来るが、添え物程度の扱いだ。

この小説におけるこれら日本人の描写は、現代では一層感じられる恐ろしさかもしれない。現代では色々なものが崩壊しきっているからだ。天皇は戦後に日本人からの「信仰」を失ったが、戦後から現代に欠けて、日本的なもの、家族、年功序列と終身雇用に基づく企業への信頼・・・これらが崩壊した後で日本人に残されるものは何だろう?日本人は共通の何物も持たないから、何も残っていない。個人個人で「信仰」と呼べるものを見つけて行くしかない。

 

さて、対照的に描かれるのが日本人医師の妻であるドイツ人女性のキリスト教的価値観である。キリスト教の持つ絶対的存在である神の名の元に在る価値観は、ちょっとしたことで揺らぐものではなく人間の行動や意識にまで強く働きかける。ただ、この女性が生体実験に関わる医師ではなく、生体実験についても一切関わりがないし、物語のテーマと関わりの無い日常生活において、その価値観を提示するために、読者には日本人の価値観とキリスト教的価値観の対照が分かりにくい。

この女性が医師であり、あるいはドイツ人でなくても良い、女性でなくても良い、とにかく生体実験に関わるキリスト教を信仰する医師であれば、「一神教を持たない日本人」「良心を持たない日本人」の姿が浮き彫りになると思うのだが。

キリスト教の価値観は緩やかにしか言及されていないのが、本作の欠点だと思う。

 

新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

 

 

死海のほとり』

読むのがしんどい小説だった。

かつてキリスト教を信仰したものの、信仰を失ってしまった二人の男の物語と、イエスにまつわる新約聖書のエピソードが交互に描かれる。

信仰を失ってしまった男が信仰を復活させるのかと思いきや、キリスト教への文句ばかりが描かれ、精神的な高揚感がなく読んでいてうんざりさせられる。

エピソードも、聖書では奇蹟を行ったとされるイエスが「奇蹟を起こせずに大衆から疎まれる存在」として描かれており、日本人のエピソードもうんざりしているのに、イエスの方でも「役立たずのイエス」と描かれる。

遠藤は日本人のキリスト教信仰への不安を描きたかったのだろうか・・・

 

死海のほとり (新潮文庫)

死海のほとり (新潮文庫)