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【書評】 営業力 著者:田坂広志 評価☆☆☆★★ (日本)

営業力: 「顧客の心」に処する技術と心得

営業力: 「顧客の心」に処する技術と心得


田坂広志の『営業力』という本を読んだ。俺もコンサルタントの端くれとして、営業の姿勢を学ばなければならないと思っていた。

しかし実践するだけでは何も成長しない。どのような視点で商談に臨むべきなのか分からないままに顧客と会っても、商談を実践したという実感を持つだけに終わるからだ。そこには成長の可能性は余り期待できない。ふとしたことで、顧客の言葉や態度、上司の商談に臨む立ち振舞いに啓発され、成長の芽を育むことはできるかもしれない。

しかしそれでは、運任せである。しかも自主性に欠ける。この際の成長の速度は非常に緩慢なものだ。成長は運任せで他人に依存して行われるものではない。

自ら進んで成長の芽を伸ばすべきだ。そう思うと、手っ取り早いのは、優秀な営業マンの書いた本を読むことだ。ここでの優秀さは主観的な概念で、自分がその様に思うだけで良い。だから、単純に、好きな営業マンという区分けでも構わない。

そこで俺は、この田坂広志に目をつけた。経歴を見ると東大で博士号を取った後、一貫して民間畑で働いていたことが、面白いと思った。今は大学教員だけれど、初めから学者でなくビジネスを経験してきたところが良いと感じた。

学者的な知性だけだと井戸の中の蛙の様な気がするけれど、ビジネスを経験すると実践的で読み易いような気がする。特に営業力ということになれば、アカデミックな世界だけではとても語れる分野ではない。

田坂は自身のキャリアの中で、日本総研の立ち上げに関与する。後に日本総研で取締役を務め、現在は多摩大院教授・日本総研フェロー等となっている。


『営業力』は、一見、営業の技術について書かれた本に見えるけれど、実は営業マンとしての心構えを説かれた本である。技術はこの本にもいくらでもすくいあげることができるが、むしろ営業マンとしてどうあるべきか?がこの本を読むとすーっと入ってくる。

さて、この本を読んで驚かされるのは、まずは著者の文体だ。まるで賢者か仙人の文章を読まされているかの如き悠々とした文体。自分の人生の道筋に困った時に、指南を与えてくれる師の様な感覚を覚える。教え諭すというのは、こういうことを言うのか。

営業の技術を学ぼうと思って読んだら、営業とは、人間同士の営み、人間の心と心の営みが重要だと説かれ、そうなのかと思う。もちろんプレゼン能力やロジカルな思考力、そもそもの幅広い知識も重要だろうし、それらが欠落していてはならない。しかしそれらは身に付けるべき技術であって、心構えではない。人間には心があり、心こそ基本だ。礎だ。だから心構えと技術とを共に鍛えなければならないことを痛感させられる。どちらか一方でもダメだ。両方を伸ばさねばならない。

面白かったのは、顧客のかけがえのない時間を大切にせよとか、帯に書かれている様に、商談は冒頭の5分が勝負であるということである。特に力のある顧客の場合、時間を非常に大切にする。だからこそ、1分でも無駄にしてはいけない訳だ。そして、時間を大切にするからこそ、商談の冒頭5分は重要である。その5分で興味をひけなければ、商談は終わったも同然。途中で打ち切られることもあるだろうし、仮に設定した商談通りに話ができたとしても、契約には結びつかない。

商談の冒頭で影の意思決定者を見定めよという技術も良い。なぜなら、顧客が数人出て来た場合に、最上位の上席者が全てを決定する訳ではないからだ。組織上はその上席者が決定するだろうが、下位の等級者が商談に関わる実務を把握している場合、その者に「この商談、どう思う?」と尋ねるからだ。そしてその下位の者が「いまいちですね」とでも答えるものなら、この商談はなかったことになる。良い結果を生まない。

だから、影の意思決定者は誰か?ということになるのだ。その者を見定めて、見かけ上は全員にアイコンタクトをしているように見せて、実際はその影の意思決定者の動きを注視する。あるいは彼に訴えかけるように話す。そうすることで、顧客の会話の中で、「いい提案じゃないですか」と影の意思決定者に言われるのだ。

本書で語られているのは、日々実践と思索を重ねて生まれてくる営業力である。数値に表れるものではない。ゆえに、そう平易に実践できる内容ではないことは確かだ。しかし心の琴線に深く引っ掛かり、田坂の言っている「営業力」を高めていきたいと思う。良い本に出会えた。

プロフェッショナル講座 営業力―「顧客の心」に処する技術と心得

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