好きなものと、嫌いなもの

書評・映画レビューが中心のこだわりが強いブログです

【書評】 空中庭園 著者:角田光代 評価☆☆★★★ (日本)

空中庭園 (文春文庫)

空中庭園 (文春文庫)

郊外の集合住宅に住む家族に関わる物語。集合住宅はダンチと称され、かつてはステータスになる集合住宅だったのに、今やバスを使わなければどこにも行けないと揶揄される始末だ。そんな場所に住んでいる二人の中年夫婦と、高校生の娘、そして中学生の息子の群像劇である。といっても、途中、家庭教師や妻の母が主人公になる物語もあるが、いずれにせよ家族に関わりのある人々だ。

ダンチは、件のように揶揄される通り、建てられた当初は華やぎ、住民にとっては憧れの対象であったものが、時の流れと共に飽きられていく。高度経済成長期というほど昔の話ではないのだが、どうもその時代の集合住宅を思わせる。マンションと呼ぶには安っぽいし、アパートは賃貸のイメージだ。この集合住宅は買える。だから、ダンチと呼ばれるのだろう。

本書は、そのダンチの持つ、空気のように無味乾燥で無意味な雰囲気を描き出すことに成功している。恐らく、『白色の街の、その骨の体温の』の著者は、角田光代を読んでいるだろう。特に本書の描き出した空気のような世界は、『白色の街の〜』における、まさに白色の街そのものだ。

さて、本書の登場人物の誰もが、知的でなく、社会の轢いたレールに乗っているだけの人生に全く疑問を持つことがなく、ただ生きているだけの人々である。群像劇はそれぞれの登場人物が主人公になれるが、誰一人スターにはなれない。主人公らしい活躍がないし、たいして共感できるほどの葛藤も見せない。そこに横たわると、醜態と呼べるほどのグロテスクさもないので、露悪趣味の人間も満足させられない。空気のように存在感がなく、意識して、初めて、あぁいるのだなぁという感じである。それだけに、群像劇でありながら彼らの物語を読むことが苦痛なのだ。

空中庭園というのはダンチのことだが、そこに住む家族や関係者が空気のように存在感がないのだから、読んでいても何ら面白くない訳だ。文章も空気のように個性がなく、角田光代が書いたのかどうか、分からないほどだ。角田光代は、西村賢太鹿島田真希のように誰が読んでも西村だ、鹿島田だと分かるような文章は書かないが、もう少し角田らしさがあったはずだ。それがほとんどなくなっているので、それもあって読み進めることが苦痛で、時間がかかってしまうのだった。

唯一、家庭教師だけはこの退屈なダンチの関係者たることを辞めようとするかに見えるが、あまり強い意志はかんじられない。不出来な作品だった。