【書評】 「できる人」の話し方&コミュニケーション術 著者:箱田忠昭 評価☆☆★★★ (日本)
「できる人」の話し方&コミュニケーション術 なぜか、「他人に評価される人」の技術と習慣
- 作者: 箱田忠昭
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2005/03/15
- メディア: 単行本
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10年前の冬、会社から採用の仕事をやれと言われて、私は困っていた。春から説明会が始まるのに、あと数カ月しかない。
なぜ悩んでいたのかというと、私は、人前で話すのが苦手だったからだ。緊張してしどろもどろになってしまったり、自分が言っていることがよく分からなかったりする。そういうことを想定すると、私はとても採用の仕事はできないと思った。採用には、会社説明会がつきまとう。就活中の学生の前で、プレゼンテーションをしなければならない。
どうしたらいいのか?
そんな時に私は、プレゼンのセミナーを探した。ただでは終わりたくなかったからだ。何かしら行動に移してみて、それでもダメなら諦めて良いだろう。そこで出会ったのが、箱田忠昭のセミナーだったのである。タイトルは覚えていないがプレゼンのセミナーである。私はプレゼンが上手くなりたかったからである。
そのセミナーではとにかく色々なことを教えてもらった。
一番印象的だったのは、プレゼンの時は、聴衆に対して、喫茶店でしゃべるように話せ、ということだった。そうすれば緊張しないで話せるということだ。
どういうことかというと、大勢の聴衆の前で話す時、ただ話すだけなら、確かに緊張する。しかし、複数人の前で話すのが苦手でも、喫茶店で「1対1」でなら、話せるだろう。それを、聴衆でも同じ手法で話せ、というのだ。
その時は必ず「アイコンタクト」が必要である。聴衆は私の方向を向いている。喫茶店で「1対1」で話すように、聴衆の中で、私の話を熱心に聞いてそうな顔の人間をパッと探す。そしてその人を「アイコンタクト」する。
しかしずっと同じ人を「アイコンタクト」する訳にはいかないので、話しながら次の対象を探す。そしてまた次の対象を探す。だいたい5人くらいがいいか。順々にアイコンタクトを変えていけば良い。慣れてくると、まるでアイコンタクトの相手にスポットライトが当たっているように見える。「1対1」の喫茶店方式を、5人くらいの対象に絞って、最初は目の前のあの人、次は奥のあの人、3番目は中央のあの人・・・というように話していけば、確かに緊張しなくて済む。
要は、喫茶店で「1対1」で話せる人であれば(訓練が要るが)プレゼンができるようになる、ということなのである。
これには瞠目させられた。そこで私はこの方式を用いて会社説明会を行った。
学生は100人くらいいたが、最初は目の前のあの人、次は奥のあの人、3番目は中央のあの人・・・という喫茶店方式でプレゼンしていったら、緊張しないで話すことができた。もっとも、プレゼンの内容自体は、相当な練習が必要だったが、それでも未知の学生を前に話す時には、内容の練習だけをしていても上手く話せない。喫茶店方式の話し方を練習することで、緊張せずに話すことができたのである。アイコンタクトがあれば、聴衆も「見てくれている」という気持ちになるので、説得力も増していく。
現在もこの手法は活用していて、箱田のセミナーで言っていた「ボディランゲージ」や「断定的な話し方」等との相乗効果で、それなりにはプレゼンができるようになってきた。まだまだ改良の余地はあるのだが・・・
さて、注意しないといけないのは、自分の話をしかめっ面をして聞いている人を、喫茶店の相手に選んではいけない、ということである。怖い顔で「何の話をしているんだこいつは・・・?」とでも思っていそうな表情の人間に話しかければ、当然、こっちも緊張する。そうなると、アイコンタクトの意味がなくなり、しどろもどろになったり、内容を失念したりする。喫茶店でなら話せるといっても、相手が怖い顔で見ていたら、それはいくら「1対1」でも緊張してしまうだろう。それと同じなのである。
だから箱田は、そういう人が視野に入ってしまったら直ぐに視界から外せと言っていた。そしてにこにこしながら熱心に聞いてそうな人を探す。そして気持ちを整えるのである。
*
ということで、10年前、セミナーで運命的な出会いを果たした箱田忠昭の著書『「できる人」の話し方&コミュニケーション術』を読んだが、話し方に留まらず、クレーム対応や交渉術までもりだくさんで、ポイントが定まっていないという印象を受けた。この感覚は、最後まで変わらなかった。セミナーは良かったのに、本はこんな程度なのか?
要は、詰め込み過ぎなのである。プレゼンならプレゼン、あるいは話し方なら話し方に見定めれば良いのに、クレーム対応や交渉術まで、広く浅く網羅しようとしていたから焦点がぼやけてしまう。底が浅い自己啓発本に陥っている。
また、「話し方」が全てとでもいわんばかりに、コミュニケーションさえ上手くできれば出世できるという主張も疑問符が付く。著者はイヴ・サンローランの日本支社長を若干38歳で務めたが、それもコミュニケーションの賜物だと言っている。外資系を裏まで知っているという著者だが、人の「好き・嫌い」で出世が決まると豪語していて、信憑性がないと思ってしまった。欧米では職務等級の人事評価制度が主流だが、好き・嫌いで上の等級に上がるというなら、職能資格と何ら変わらない。そんなにも杜撰な評価運用をしているというのか?
あなたの人生は他人が決めている、という主張は良い。それは分かるが、だからといってコミュニケーションだけで仕事ができる→出世できるものでもあるまい。
能力×コミュニケーション=できる人という数式もよく分からない。能力とは何なのか?私ならコミュニケーションの項目には「マネジメント」や「リーダーシップ」を入れるが、著者はコミュニケーションと信じて疑わない。こんな単一の要素で「できる人」になり得るとは到底考えられない。
経営学者のミンツバーグは『マネジャーの実像』でこう書いていた。
「コミュニケーションを取ることしかしないマネジャーは、なにごとも成し遂げられない」。まさにしかり。