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【書評】 ハーバード流キャリア・チェンジ術 著者:ハーミニア・イバーラ 評価☆☆☆★★ (米国)

 

 

ハーバード流 キャリア・チェンジ術

ハーバード流 キャリア・チェンジ術

 

 

タイトルが大仰。「ハーバード流」と付ければ読者が付くであろうとの出版社の商魂が見え透いていて、良い邦訳とは言えない。私は、本書がキャリア研究で著名な金井壽宏が監訳者を務めていたので読んだが、もしそうでなかったら、先ず手に取ることはなかっただろう。

 

本書でいうキャリア・チェンジとは、キャリア・アイデンティティーを見直すということである。

 

その際注意すべきなのは、「たった一つの本当の自分」という概念を見つけようとしないことだ。キャリアを考えるにおいて、唯一の選択肢を探求するのではなく、複数の可能性から、キャリア・アイデンティティーを探り当てるということに留意して、アイデンティティーを構築せよと言う。例えば、営業である自分が、転職したいと思った時に、初めから営業のみを探すのではなく、営業以外の自分をも含めて選択肢を広げていくべし、ということなのである。営業職で転職したいと思っている者が、業界を変えるということならありふれたことだが、職種さえも洗い直し、机上に並べてどれにしようか?と選択肢を広げることで、可能性は広がるということである。

 

また、キャリア・アイデンティティーを探求するにあたっては、キャリアを如何に方向づけていくべきかに時間を割き過ぎるのではなく、行動することが肝要だと説いている。悶々と机に齧り付いて苦悩するのではなく、企業の面接試験を受けてみたり、大学の講座を受講してみたり、他者とコミュニケーションを取ってみたりする。あるいは読書でも良いが、これも、必ずしも営業なら営業の書籍ではなく、人事に興味があるなら人事の書籍でも良いし、書くことに関心があるならエッセイや小説でも構わないだろう。著者は、思考を否定する者ではないので、思考やキャリア計画について禁じはしないが、「行動」をより強調している。「行動」を経験することで、あたかも神の見えざる手の導きがあるかのように、キャリア・アイデンティティーが形成されていくと説くのである。

 

39の事例を元に、キャリア・チェンジの成功例が書かれている。多くは転職に成功するが、元々のキャリアが医師、大手企業のCEO、投資銀行、大手コンサルタント、大学教員だのといった一部のエリート層に位置するので、成功するのも当然かという印象を持ちがちになるのは否めない。従って、どうしても普遍性が不足するため、もう一つ説得力に欠けるところがある。それは残念な点で、職種を変えるほどのキャリア・チェンジをするには、エリートでないとできないのではないか?という気持ちを読者に与えかねないのだ。投資銀行のような高所得者に、何ら金融の経験を持っていないキャリアの持ち主が就けるか?といえば、そう易々と就くことはできまい。転職組を嫌う国内の銀行なら投資銀行よりもある意味難しいかもしれない(最年少支店長の前任の支店長が転職組であった「みずほ銀行」の例を見る限り、今後は実力重視で、変わっていくと思うが)。

みずほ銀支店長に34歳登用 最年少、実力重視 - 産経ニュース

 

もう一つは、我が国は新卒一括採用をしていて、中途採用が流動的ではないから、本書の如きキャリア・チェンジをしたくともできないという実態もあるだろう。そういった意味では本書のキャリア・チェンジ術が、果たして日本においてはどれだけ有効かという疑問は払拭できない。ミンツバーグ先生のように、どなたかの経営者が、国内の労働者何人かに張り付いていただき、このキャリア・チェンジ術が有効か否かを検証していただきたいものである(笑)

 

とはいえ、本書の言うキャリア・チェンジ術(キャリア・アイデンティティーの見直し)は、「たった一つの本当の自分」という、選択肢を限定することなくキャリア・アイデンティティーを見直していくという観点から魅力的だし、行動せよとのアピールも、それとの相乗効果で実感が出てくるだろう。あとは「GRIT(やり抜く力)」をもって、キャリア・チェンジに向かって努力を重ねる他にない。本書の事例はエリートばかりだが、エリートだけが職種を変えるほどのキャリア・チェンジができるのだ、と思ってしまっては(事例がエリートばかりだから仕方ないが)何も進まない。Amazonレビューではそういうものが散見されたが・・・

思えば私自身も非エリートだが、本書のキャリア・チェンジ術を実践した者の一人だ。10年以上人事の仕事をしてきて、コンサルタントになった訳だが、偶然にも、本書のいっているキャリア・チェンジ術を地でいっていたことにはなる。