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【書評】川端康成初恋小説集 著者:川端康成 評価☆☆★★★ (日本)

川端康成初恋小説集 (新潮文庫)

川端康成初恋小説集 (新潮文庫)

川端康成は幼少期に父母に死なれ、姉や祖父母にも死なれ、幼くして天涯孤独の身となった。彼の小説にまとわりつく死の匂いや無常観は、それら死の実体験と無関係ではないだろう。ところで、川端は、現実の世界で、初恋をしたのである。その相手と婚約したが、相手の一方的な意思により婚約は破棄となっている。川端にとって初恋の痛みは大きく、経験に基づいた多くの初恋の短編を書いている。本書は川端の初恋の経験に基づく、ほとんど私小説的な物語が数多く収められている。初恋を経験に基づいて描くことで、物語は悲恋に終わっていく。決して叶えられることのない恋は、死や無常観と切り離しては考えられぬようである。死の匂いや無常観の系譜に、叶えられることのない初恋の物語は、位置している。

本書に所収されている物語は、主人公の男がいて、その初恋の相手の女性という構成である。本書は「短編集」なので、物語は数多く収められているのだが、主人公の男、そして初恋の女性という人間関係は変わらないのである。中には娘というものもあるが。そして、主人公の友人や、女性の養父、女性をかわいがった女などが出てくるが、この人間関係も多くの物語で繰り返し使われる構成である。

初恋という主題、主人公の男と初恋の女性の対置、そして女性から突如として男に渡される絶縁の手紙という構成は、本書所収の多くの物語において共通する。それだけ川端はこの内容を書き続けていたかったのだろうが、類似する主題、男女の対置、手紙の構成などは何度も読まされるとさすがに退屈してくる。川端が天涯孤独の身の上で、初恋の女性に現実的に恋をして、将来を誓い合って、しかし女性からの一方的な意思によって婚約が破棄されたという事実にショックを受けたことは痛いほど分かる。本書所収の物語の多くが、類似の悲恋物語となっているのだから。とはいうものの、文体に大きな違いがある訳でもなく、類似の物語を読み解いていくことであたかもミステリのように謎が解けていくような鍵がどこかに潜んでいるものでもないので、ただ漫然と類似の悲恋物語を読まされるに過ぎないのだ。従って、本書を読み切ったことで得られるのは時間の喪失感である。

川端康成だからといって、全ての物語の完成度が高い訳ではないので、本書所収の短編もまた、平凡な作品が多い。しかしそれでも点数を標準より下げたのは時間の喪失感を拭えなかったからだ。私は一体、本書の類似の物語を読んで、どうしたのか?何を得るのか?読書とは必ずしも何かを得る者ではなかろうが、それにしても徒労感が強かった。世界的作家・川端康成の初恋について、彼自身の小説を読んでつぶさにその心理を知ることができる。それ以上の意味は本書にはないと思われた。