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【書評】 「1秒!」で財務諸表を読む方法 著者:小宮一慶 評価☆☆☆☆★ (日本)

タイトルに偽りなし!「1秒!」で財務諸表を読んだ気になれる好著

経営コンサルタント小宮一慶のビジネス書。「1秒!」で財務諸表を読めるなんて本当か?と思って手に取って読むと、本当なのである。本当に「1秒!」で読める。著者は経営コンサルタントなので短時間で企業の会計上の問題点を指摘するケースにでくわしていた。さすがに1秒ということはなかろうが、経営コンサルタントの傍ら企業の顧問を務めたりテレビのコメンテーターを任ずることもあるので、財務諸表をパッと見て問題点を指摘する癖がついているのであろう。

それでは財務諸表を手に取った時、どこを見れば良いのか。それは「短期的な負債の返済能力」を見るのだという。著者は言う。

企業はたいていの場合、「流動負債」を返済できなくなって倒産します。流動負債とは、1年以内に返済義務のある負債です。その流動負債を返済するための資金繰りがつかなくなると倒産に直結するのです。

確かに目の前の負債を返済できなければ会社は倒産するかもしれない。企業が返済できる能力を持っているか否かが、重要なのである。では返済能力とは財務諸表のどこに書いてあるのか。「流動資産/流動負債」で求められる流動比率で見る。なんだって?計算しなくちゃいけないのか?それじゃ1秒じゃないじゃないか!慌てるな。著者はその点もお見通しだ。

計算していると1秒では分かりませんよね。心配いりません。流動資産が流動負債よりも多いかどうか、つまり流動比率が100%を超えているかどうかはすぐ分かります。

分かりやすい。100%という基準があるのだ。それを満たしているか、下回っているかが判断基準となる訳だ。ただし1秒で見分けたとしても、この見分けが通用しない業界もあると著者は指摘する。例えば小売業、電力や鉄道事業を営んでいる企業は、100%を下回っていても即座に問題があるとは言えない。1秒で財務諸表が読めると言いつつ、その欠点も踏まえてで明晰に論じていく様は痛快だ。豊富な会計知識に留まらず、いかにして読者が飽きさせずに本書を読ませるか、著者はよくよく分かっているのであろう。本書はいたって真摯な文体で書かれているのに、巧みなストーリーテリングのエンタメ小説を目の当たりにするかのような文章の展開。読みながら、興じて、思わず笑いが漏れる。

経営的に会計知識を駆使しているか

著者は本書の多くの箇所で「経営的」という言葉を使用する。経理や財務の専門家でない限り、「経営的」に会計知識を駆使することが重要だと言う。例えば、次の箇所を読んでみよう。

安定性の指標として、「手元流動性」という言葉を覚えておいてください。実は、経営的には、これが一番大切です。第一優先順位です。

なぜ第一優先順位なのか。決算書は決算から2ヶ月ほど経過してから公表される。つまり現在進行形の数字ではないのだ。だから、当面の資金繰りが大丈夫なのかを診断するために、手元流動性を確認するのである。大企業では1ヶ月、中小企業では1.5ヶ月分必要である。まあ、なんと明快な理由だろうか。経営コンサルタントとして豊富な実務を経ていると思しき著者の、シンプルにして明快な文章の論理展開が読んでいてスッスッと入ってくる。こういう書き方でこられては経営者も「そうだよな」と首肯することであろう。本書には「経営的」という言葉が随所に出てくる。非専門家でなくても、ビジネスで会計知識を駆使して仕事をすれば、もっと仕事が面白くなること請け合いであるが、なかなか会計知識の面白さを教えてくれる本に出会えない!そんな風にお嘆きの読者にこそ本書は最適である。

後半は事例が豊富な経営分析でさらに面白い

本書の後半は管理会計のページである。そこでは具体的な事例を元に経営分析の方法が繰り広げられている。ただし、ここでも重要なのは無味乾燥な理論ではなく、生きた知識である。経営的に使える知識が散りばめられているのだ。

本書が発行されたのは2009年と、10年ほど昔のことなので話題も古い。ライブドア近鉄球団を持ちたがったり楽天が野球ビジネスに参入したりといった事例が出てくる。確かに古いが、ライブドア楽天に共通するのは、業界がITビジネスだということ。ITビジネスが「固定費」「変動費」ともに小さく、参入障壁が低い、いわば美味しいビジネスだという管理会計の知識を用いて説明されるので、事例が古くてもあまり違和感を覚えないのである。言いたいことはライブドアでも楽天でもなく管理会計的にITビジネスが美味しいのか、そしてなぜ彼らが野球ビジネスに参入したのかが語られる。その理由は、ブランド力だということだ。最近もゾゾタウンが野球ビジネスに参入か?というニュースがネットを駆け巡った。ゾゾもアパレルであり、かつ、IT業でもある。なぜ野球団を持ちたがるの?ブランド力なのである。

知名度を上げる方法は色々あると思いますが、プロ野球は最高に効果的なもののひとつです。特にIT産業のような新興企業にとっては、プロ野球という「エスタブリッシュメント」な組織を保有することは、ステイタスでもあり、信用度の向上には大きな役割を果たすと考えられます。

まさにしかり。そのほか小林製薬の事例にも文章を割いて書かれていてこれもPPMを用いながらではあるが、成長率と市場シェアがキャッシュフローに影響を与えているという結論で、管理会計の視点がロジカルシンキングに活用される好例として、面白かった。

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ちなみに、余談だが、ゾゾの社長はイケメンでもないし、背が低いし、なのに剛力彩芽というタレント付き合えているという事実に「なんだよ!」と思ったが、私は剛力は全く好みではないから別に構わない。ただし彼が、もし水原希子滝沢カレンなどと付き合われたら嫉妬してしまうぜ…。

賃金が上がらない理由はやや視点が狭かった

一点だけ分からなかったのは「賃金が上がらない理由」である。本書ではデフレと、仕入れ値の上昇に原因付けている。企業側からすれば「売上高ー費用=利益」よりも「売上高ー利益=費用」の概念が重視されている。言っていることは分かるが、これらの点だけに絞って良いものか。賃金の下方硬直性に伴う上方硬直性、人事制度問題なども理由は多くあるはずだが、経営的な視点が強いのか…

この点だけを見て、本書の価値が大きく下がることはあるまいが。