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【映画レビュー】キングスマン 評価☆☆☆★★ (2015年 英国)

 

 

 

コリン・ファース主演のスパイアクション映画『キングスマン』を観た。英国製作で、監督も主演も英国人という英国産スパイアクションだが、スパイアクションの代表格である『007』とは違って、随所にちりばめられたコメディ要素、多数の人間が入り乱れる乱闘シーンによるスローモーションの多用、アクションによる身体の欠損等、独特の雰囲気を醸し出している。特に英国紳士らしいスタイリッシュなファッションを保ちながら過激なアクションを披露するキングスマンの姿は、新しいスパイのありかたを感じさせもする。多数の武器が登場するが、一番面白かったのは傘で、銃撃から身を守ることができるのだ。

残念なのはストーリーの弱さで、『007』とも『ミッション・インポッシブル』とも違うスパイアクション映画を目指せるほどの演出を持ちながら、最後まで映画に没入させてくれるほどのストーリー展開は見られなかった。

 

キングスマンというのは表向きは高級テーラーだが、実体はスパイ組織なのである。

トーリーは、ハリー・ハートというベテランのスパイの活躍、そして青年エグジーのスパイに至る成長という2つのテーマを描く。

エグジーの父は、かつてエグジー同様にかつてキングスマン候補生だったが、ハリーをかばって殉職した。年を経て、つまらないことで逮捕されたエグジーをハリーが救って、今度はエグジーもキングスマン候補生となる。

ここで大方予想がつくのは、ハリーとエグジーの父と、エグジーを巡る「死」についてである。エグジーの父はハリーをかばって死んだ。そして今度はハリーが命の恩人の息子であるエグジーを育てる。キングスマン候補生として。どこか死を思わせる。死ぬとしたら、それは年若く成長するエグジーか?それとも、ベテランスパイのハリーか?どちらかが死ぬような予想をする。

映画は、自堕落な生活を送っていたはずのエグジーが予想以上にキングスマン候補生として活躍していく様を描いていく。映画が青年の成長物語を1つのテーマにしているゆえんである。ここで、エグジーではなく、ハリーがもしかすると死ぬのではないか?と思う。エグジーの父はハリーをかばって死んだ。エグジーにとってはハリーは仇ではないまでも、父の死に関わる因縁のような存在だ。父は道半ばで死んだが、エグジーもそうなってしまっては、エグジーの成長物語にならない。だからエグジーは死なないだろう。だから、ハリーは死ぬはずだ。

予想通り、映画が1時間半ほど経過したところで、ハリーは悪人によってあっけなく殺される。

主人公が交代して、成長したエグジーの活躍が始まり、悪人を打倒す展開となっていくのだが、果たしてこのような予想通りの展開で良いのか。いや、予想通りの展開でも、最後までひきつけられるストーリーになっていれば問題がないはずだ。

 

しかし、予想通りの展開は、最後までひきつけられることなく、落ち着かない状態で見せられる羽目になってしまった。何といってもエグジーでは、交代される主人公としては魅力が薄い。何しろ、ようやくキングスマン候補生として最終候補に残っただけの存在だからだ。実戦を全く経ていないエグジーが敵の銃撃をものともせずに立ち向かい、勝利していく様は、不思議というしかない。なぜここまで強いのか説得力がないのだ。

キングスマン候補生としてのエグジーの訓練シーンを余りにも長く描き過ぎているのだ。実に1時間半ほどの間、訓練しているのだから。訓練シーンなど序盤の水のシーン程度をいくつか入れれば十分で、エグジーを主人公に据えるストーリーにするなら、実戦を経なければリアリティがないだろう。候補生ではない、スパイとして十分に強いということが説明されていないと、いつの間にここまで強くなったのか?が分からず、映画と観る者の間に距離が生じてしまう。

 

興行収入4億ドルを打ち立てたヒット作である『キングスマン』だが、独特な演出の面白さや、多くのスパイアクション映画を皮肉ったりオマージュしたりする台詞や演出が評価されてのヒットなのだろうが、演出や台詞ばかりに目を捉われていれば面白いが、肝心のストーリーにリアリティがないので、駄作とまでは言わないまでも、平凡な出来というのが適当なところだろう。