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【書評】 変革型ミドルの探究 戦略・革新指向の管理者行動 著者:金井壽宏 評価☆☆☆☆★ (日本)

 

変革型ミドルの探求―戦略・革新指向の管理者行動

変革型ミドルの探求―戦略・革新指向の管理者行動

 

 『変革型ミドルの探究』は、経営学者・金井壽宏の若き日の労作である。著者も本文中で述べている通り、第3部の実証研究が本書の核心であろうが、アカデミックな書だけに脚注が多いし、全体を通じて詳細な分析による丁寧が議論が展開されていて秀逸で、章ごとに得心しながら読ませる内容になっている。

 

金井といえば神戸大学の有名教授で、E.シャインの翻訳をしたり、多くのリーダーシップ論を書いたり、難解な経営学の理論を噛み砕いて話す入門書を書いたり、精力的な研究活動を行っているのだが、本書のような労作を若き日(37歳頃)に出版していたかと思うと感慨深い。現在に至るまでの活躍ぶりを辿って本書を手に取ると、こんなにも若き日から、優れた慧眼に溢れ、それを言葉にし得る才能があったことが伺える内容である。学者による研究書というと無味乾燥な文体なのかと思われがちだが、序文に「人間の問題が中心でなければ、経営学はものたりない」とあるように、血が通った研究書になっている。美しささえ感じるほどである。ただし本書は、現在では絶版らしく入手困難の書となっており、定価とあまり変わらぬ価格で中古市場より購入する他にない。私も図書館で借りて読んだだけで、入手していない。読み通すことが簡単な内容ではないし、私も全部を理解できてはいないが、こういう本が絶版になってしまうのは惜しい気がする。出版社の白桃書房は、シャインの本も何冊か出している出版社である。復刊ドットコムに申請しようか・・・

 

私が殊に興味深かったのは、結章の表マネジメント・裏マネジメントの議論だった。議論も良いが、表と裏という命名もセンスが良い。表マネジメントというのは経営管理の主流の定義で、「人々を通じてことを成し遂げること」である。例えば、部下を指導して、管理職がその部署の目標を達成させる、といったことが表マネジメントである。一般的なマネジメントのイメージは、表の方であろうし、マネジメントの本質的側面でもあろう。

 

人々を通じてことを成し遂げるというと、管理職は何もしないのか?と思われるかもしれないが、金井はオーケストラの指揮者を例に出して、指揮者は楽器を弾かないが、誰もずるいとは言わないではないか。指揮者の指揮通り(決められた通り)楽器を弾いてもらい、演奏を完成させるために指揮者、楽器演奏者の役割が異なるのである。ただし、決められたことをやってもらうことが、創造力のある人を窒息させがちになるので、人間関係への配慮が必要だろうと考えている。

 

裏マネジメントというのは表の反対、即ち「一緒に何とかすること」である。「一緒に」の主語は、管理職と部下であり、部下にだけ仕事を任せるのではなく上司も「一緒に何とかする」のである。本書で明らかにした、戦略・革新指向の変革型ミドルの管理者行動がこちらである。表マネジメントと違って、部下には決められたことを任せるのとは、異なるマネジメントとなっている。

 

裏マネジメントは未知の領域で発揮されるマネジメントである。管理職も部下も、仕事の内容、目標の着地点についても曖昧で、未知である。どうなるか分からない。つまり、表マネジメントであれば、管理職は部下に任せる仕事の内容は把握しているが、裏マネジメントにおいては必ずしもそうとは言えない、未知の領域だということなのである。曖昧で、未知の領域の仕事について、机上で思考していても始まらない。行動することが重要で、まず動いてみる、実験してみる、試してみるということが裏マネジメントで重要になる。

 

裏マネジメントを「一緒に何とかすること」と著者は定義した。管理職も部下も一緒になって未知の仕事に取り組み、仕事の完遂に導いていくことである。あるいは、未知の課題ということもあり得よう。時々刻々と経営環境が変化していく最中にあって、管理職が対する課題は新規のもの、未知のもの、解決困難なものであることが増えていくだろう。そういった時、裏マネジメントが有効になる。ここでも表マネジメントを使って、これまで通りの手法で課題を解決しようとすれば、上手くいくまい。管理職が一緒になってまで解決しようとすること、あるいは、部下に任せるにしても、管理職さえも分からないから、まずやらせてみるというスタンスで、仕事を任せるのである。

 

表マネジメントでは、部下が分からないことは、管理職に聞けば分かるようになっている。しかし、裏マネジメントでは、管理職も分からない。そういう時、管理職も一緒になって考える、即ち、「一緒に何とかすること」である。本書は1991年に初版が発行された古い本であるが、今尚新鮮な輝きを放って見えるのは、どうやら、現代の管理職が裏マネジメントをしっかりやっていないから、であるかもしれない。本書は、新規の課題に、定型的なアプローチを使って解決しようとせず、一端、その課題とはそもそも何だろう?と考えることから始めてみたい・・・そのように啓発されること請け合いである。