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【書評】 江戸川乱歩傑作選 著者:江戸川乱歩 評価☆☆☆☆★ (日本)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

本格推理小説を集めた『江戸川乱歩傑作選』

江戸川乱歩傑作選』は、新潮文庫のロングセラーである。1960年初版。所収されているのは大正12年のデビュー作『二銭銅貨』を初めとした乱歩初期短編がほとんどである。巻末の異色作『芋虫』だけが昭和4年の作品だ。

私が以前にレビューした『江戸川乱歩名作選』に比べると、本格推理小説の恰好を持った作品が多い。デビュー作『二銭銅貨』、そして『D坂の殺人事件』『心理試験』『屋根裏の散歩者』『二廃人』など、怪奇趣味やグロテスク趣味よりも海外の小説から影響を受けたトリックを読み解く推理小説である。

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江戸川乱歩傑作選はなぜ面白いのか

江戸川乱歩傑作選』を読むのは何度目か覚えていない。普通、推理小説というものは結末(犯人やトリック)を知ってしまったら二度と読む気が起きないものであるが、乱歩の初期の推理小説の場合は必ずしもそうとはいえない。それゆえに、私も『江戸川乱歩傑作選』を読むのが何度目なのか覚えていない訳だ。

本書の解説者の荒正人も次にように書いて、乱歩を称揚する。

一般に探偵小説は、犯人が判ってしまうと再読に堪えない。だが、乱歩の場合は例外で、普通の小説と同じように、何度読んでも印象が新鮮である。

乱歩の初期小説は、文体が谷崎潤一郎の初期小説に似ているような気がする。乱歩自身、谷崎の初期小説を好んで読んでいたそうだから、知らず知らずのうちに文体が似たのではあるまいか。彼の小説が「何度読んでも印象が新鮮」というのは、そのせいかもしれない。

例えば、『屋根裏の散歩者』の冒頭―――「多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやってみても、いっこうこの世が面白くないのでした」などは、谷崎潤一郎の初期小説と言われても、そうかもしれないなと思って読んでしまうかもしれない。私は『屋根裏の散歩書』を読んでいて谷崎の『人魚の嘆き』を思い出してしまった(『人魚の嘆き』は大正8年刊)。

私が好きなのは『D坂の殺人事件』と『屋根裏の散歩者』

何度も読んでしまう『江戸川乱歩傑作選』の中で、私が好きなのは『D坂の殺人事件』と『屋根裏の散歩者』の2つである。『D坂の殺人事件』は探偵・明智小五郎初登場の作品である。「冷やしコーヒー」を飲みながらぼうっと窓外を見つめていると、事件に出くわす偶然性が良い。江戸川乱歩自身が経営していたこともある支那ソバ屋、古本屋、この2つの事件に関係する場所が長屋で繋がっている描写が良い。犯人が支那ソバ屋の主人で、SM気質があると判明しても、SM気質の描写が大変に控え目なのも良い。語り手も、明智小五郎も、遊び人みたいに毎日を無為に過ごしている―――これもまた良い。

『D坂の殺人事件』は、一つひとつの描写が茫洋としていて、日常を描いているのに幻のような、奇妙な感覚に打たれる小説である。これが何度も読んでしまう魅力の1つだろう。

『屋根裏の散歩者』は、屋根裏から家の中を覗くという舞台設定が印象的な作品である。明智小五郎も出てくるが道化役のような役どころである。屋根裏の散歩者が主人公で、彼の視点で事が進む。彼は何をやっても楽しくなかったが、屋根裏の散歩者だけは楽しいと思った。そして、そこで完全犯罪を思いつく。屋根の上から毒を垂らして人を殺すのだ。トリックも謎解きも冴えないが、屋根裏の散歩者という設定、そこから覗くオモテの世界、そして殺人。このプロセスの非現実差が幻惑的で、陶酔させられる。