好きなものと、嫌いなもの

書評・映画レビューが中心のこだわりが強いブログです

【書評】 ノーベル経済学賞 天才たちから専門家たちへ 編著:根井雅弘 評価☆☆☆☆★ (日本)

ノーベル経済学賞 天才たちから専門家たちへ (講談社選書メチエ)

ノーベル経済学賞 天才たちから専門家たちへ (講談社選書メチエ)

ノーベル経済学賞って?

ノーベル経済学賞は、1969年から授与が始まった経済学賞である。ただ、物理学賞や化学賞などと違って、ノーベルの遺言に基づく賞ではない。本書にも書かれているように、「経済学賞はノーベル賞ではありません」というノーベル財団の専務理事が語った台詞の引用がある。

ノーベル経済学賞は、日本人にはなじみの薄い賞である。なにしろ、1969年の第1回ノーベル経済学賞以来、1人も受賞したことがないからだ。森嶋通夫など候補に挙がった日本人はいるかもしれないが、受賞には至っていない。1人でも受賞すればなじみが出てくるかもしれないが、今のところ可能性は低そうだ。

なぜ可能性が低いかというとアマルティア・セン以外、アジア人で経済学賞を受賞したアジア人がいないからだ。欧米の経済学者は毎年受賞しているのに、アジア人はセン1人。ノーベル賞に国や文化、人種は関係ないかもしれないが、あまりに欧米人の受賞が多いので日本人が経済学賞を受賞する可能性は低いように見ている。

楽しく読める経済学史

本書は楽しい本である。単行本にして、240ページ程度の薄い本である。しかし、執筆した経済学者たちの信頼のおける知見のお陰で、ノーベル賞を受賞した経済学者たちの研究内容を端的に読み取ることができる。

【書評】 江戸川乱歩傑作選 著者:江戸川乱歩 評価☆☆☆☆★ (日本)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)

本格推理小説を集めた『江戸川乱歩傑作選』

江戸川乱歩傑作選』は、新潮文庫のロングセラーである。1960年初版。所収されているのは大正12年のデビュー作『二銭銅貨』を初めとした乱歩初期短編がほとんどである。巻末の異色作『芋虫』だけが昭和4年の作品だ。

私が以前にレビューした『江戸川乱歩名作選』に比べると、本格推理小説の恰好を持った作品が多い。デビュー作『二銭銅貨』、そして『D坂の殺人事件』『心理試験』『屋根裏の散歩者』『二廃人』など、怪奇趣味やグロテスク趣味よりも海外の小説から影響を受けたトリックを読み解く推理小説である。

rollikgvice.hatenablog.com

江戸川乱歩傑作選はなぜ面白いのか

江戸川乱歩傑作選』を読むのは何度目か覚えていない。普通、推理小説というものは結末(犯人やトリック)を知ってしまったら二度と読む気が起きないものであるが、乱歩の初期の推理小説の場合は必ずしもそうとはいえない。それゆえに、私も『江戸川乱歩傑作選』を読むのが何度目なのか覚えていない訳だ。

本書の解説者の荒正人も次にように書いて、乱歩を称揚する。

一般に探偵小説は、犯人が判ってしまうと再読に堪えない。だが、乱歩の場合は例外で、普通の小説と同じように、何度読んでも印象が新鮮である。

乱歩の初期小説は、文体が谷崎潤一郎の初期小説に似ているような気がする。乱歩自身、谷崎の初期小説を好んで読んでいたそうだから、知らず知らずのうちに文体が似たのではあるまいか。彼の小説が「何度読んでも印象が新鮮」というのは、そのせいかもしれない。

例えば、『屋根裏の散歩者』の冒頭―――「多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやってみても、いっこうこの世が面白くないのでした」などは、谷崎潤一郎の初期小説と言われても、そうかもしれないなと思って読んでしまうかもしれない。私は『屋根裏の散歩書』を読んでいて谷崎の『人魚の嘆き』を思い出してしまった(『人魚の嘆き』は大正8年刊)。

私が好きなのは『D坂の殺人事件』と『屋根裏の散歩者』

何度も読んでしまう『江戸川乱歩傑作選』の中で、私が好きなのは『D坂の殺人事件』と『屋根裏の散歩者』の2つである。『D坂の殺人事件』は探偵・明智小五郎初登場の作品である。「冷やしコーヒー」を飲みながらぼうっと窓外を見つめていると、事件に出くわす偶然性が良い。江戸川乱歩自身が経営していたこともある支那ソバ屋、古本屋、この2つの事件に関係する場所が長屋で繋がっている描写が良い。犯人が支那ソバ屋の主人で、SM気質があると判明しても、SM気質の描写が大変に控え目なのも良い。語り手も、明智小五郎も、遊び人みたいに毎日を無為に過ごしている―――これもまた良い。

『D坂の殺人事件』は、一つひとつの描写が茫洋としていて、日常を描いているのに幻のような、奇妙な感覚に打たれる小説である。これが何度も読んでしまう魅力の1つだろう。

『屋根裏の散歩者』は、屋根裏から家の中を覗くという舞台設定が印象的な作品である。明智小五郎も出てくるが道化役のような役どころである。屋根裏の散歩者が主人公で、彼の視点で事が進む。彼は何をやっても楽しくなかったが、屋根裏の散歩者だけは楽しいと思った。そして、そこで完全犯罪を思いつく。屋根の上から毒を垂らして人を殺すのだ。トリックも謎解きも冴えないが、屋根裏の散歩者という設定、そこから覗くオモテの世界、そして殺人。このプロセスの非現実差が幻惑的で、陶酔させられる。

【書評】 コンサルタントのための“キラーコンテンツ"で稼ぐ法 著者:五藤万晶 評価☆★★★★ (日本)

コンサルタントのための“キラーコンテンツ

コンサルタントのための“キラーコンテンツ"で稼ぐ法 (DO BOOKS)

売れるコンサルタントになるためには「キラーコンテンツ」が必要だという本。著者の肩書きは「コンサルタントコンサルタント」だそうである。年収は3,000万円稼いでこそ一流だそうだ(そうなのか?)。本書には、一流コンサルタント・二流コンサルタントという俗っぽい表現が並ぶ。コンサルタントと講師を明確に分けて、4象限に分けて論じていて、コンサルタントが顧客として焦点を当てるべきなのは「社長」などの意思決定権者の最高位に位置する相手だという。経営層であろう。

読みながら、年収3,000万とか一流・二流とか、読んでて安っぽいなあと思っていた。コンサルタントはオリジナリティのあるコンサルティングをせよというのは良いが、顧客である経営層が、キラーコンテンツから「金の匂いを感じられるものでなければならない」というので、もういいかなと思ってしまった………。経営層に響くキラーコンテンツを作るというのは私も分かるが、そこに金が付いて回るというと、経営層を舐めてないか。

著者が言っているキラーコンテンツ(オリジナリティのある商品)をパッケージングして売るという手法は、営業の手法としてはまあ良いかなと思ったので☆1つ。売れるコンサルタントになるための方法として、本書は参考にならず。

【書評】 ゲンロン0 観光客の哲学 著者:東浩紀 評価☆☆☆☆★ (日本)

ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

久しぶりに面白い東浩紀の著作

『ゲンロン0 観光客の哲学』は批評家・東浩紀の著作。東浩紀はたくさんの著作があるが、長年、あまりパッとしない印象だった。サントリー学芸賞を受賞した『存在論的、郵便的』が出版されたのは20年ほど前だが、本書の帯に「『郵便的』から19年 集大成にして新展開」と書かれるほど、東=『存在論的、郵便的』だったのだろうし、私にとってもそうだ。『存在論的、郵便的』の東浩紀という記憶が私の中にずっと残っていて、それで彼の本を読み続けている訳だが、読む本、読む本がおしなべて『存在論的、郵便的』よりも出来が悪いので落胆させられていた。

もっとも、『存在論的、郵便的』のようにいつまでも人の記憶に残る書を1冊書けただけでも、この批評家は優れた書き手なのだろうが、もう少しコンスタントに良い本を書いて欲しいとは思っていた。そういう中で手にとった本書は、久しぶりに面白くて『存在論的、郵便的』に次いで面白い著作になったといえると思う。『存在論的、郵便的』の帯には浅田彰の『構造と力』について言及されていたが、東浩紀はそこから『存在論的、郵便的』を書き、また、『ゲンロン』を書いたということになろうか。書かない浅田彰(あるいは書きすぎる福田和也)よりよほど良いかもしれない。

YouTube東浩紀の動画が見られる

話は変わるが、ニコニコ動画東浩紀が出ていることをネットで知って、YouTubeに転載されている動画を見た。私の中での東浩紀シャ乱Qのまこと(たとえが古いが笑)を知的にした感じで、美形の部類だったのだが、豚みたいに太っていて驚いた。彼も今年で47歳になるので、太ったり髪が白くなったりするのは仕方ないけれども、あまりにも太り過ぎではないのか。2ちゃんねるひろゆきと一緒にうさぎのヘアバンドを付けている姿は衝撃的だったが、しかし、彼が早口で、かつ考え考えしゃべる感じは知的でなかなかいい。

だが、地上波に出ない東浩紀(出たところで、テレビを見ない私が彼の出演番組を見るかどうかは分からないが)を動画で見られるのはありがたい感じはする。昔、10歳くらい年齢の若い知人からゲンロンカフェに行こうと言われて、結局行かなかったのを思い出す。その時は東がゲンロンカフェに出ていて、その知人も東の読者だったので行こうと思ったが、結局行かずじまいだった。もし行っていればそこで初めて、動く東を見られたのだが、そこで見なかったおかげで、YouTubeで動く東浩紀を見られたことの感慨が深くなった訳である。

もっとも、感慨といっても感動という部類ではなくて、希少な動物を見るような感じだ。『ファイナルファンタジー』でレアなモンスターに出会ったような感じでもいい。東は私にとってはレアモンスターなのだった。

【映画レビュー】 ゲット・アウト 評価☆☆★★★ 監督:ジョーダン・ピール (米国)

評論家受けが良い『ゲット・アウト

ゲット・アウト』はジョーダン・ピール監督のスリラー映画である。ピール監督はコメディアン出身者である。映画評論家の町山智浩は『ゲット・アウト』をコメディだと言っていたが、私にはコメディとは思えなかった。終盤の暴力描写がチープなので笑ったが、それは監督の意図するところでもあるまい。

ゲット・アウト』は評論家受けが良い映画で、Rotten Tomatoesでは評論家支持率が99%だったそうである。また、脚本も手がけたピール監督は、第90回アカデミー賞にて脚本賞を受賞している。権威のお墨付きを得た訳である。

私は評論家受けが良いという側面は、鵜呑みにはしないようにしてきた。なぜなら、評論家受けが良いという側面は、参考程度に留めるべきだと思うからだ。つまり評論家が良いという映画が必ずしも面白いとはいえないからである。映画は芸術だから、感覚的に受容するものである。誰がどう言おうと面白いものは面白いし、退屈なものは退屈なのである。権威が人の感性に影響を与えないことはないだろうが、だからといって評論家が絶賛した映画が即、面白い映画とはいえないだろう。そして『ゲット・アウト』は私には退屈だった。

黒人の肉体への強い憧憬と、深い黒人差別

ゲット・アウト』はどういう映画か。黒人差別を題材にしたスリラー映画である。主人公・写真家の青年クリスは、白人の恋人ローズに家に招かれた際に「家族に俺が黒人だって言っている?」と確認するような、黒人差別に敏感な男である。この設定は映画が黒人差別を題材にしていることを明示する。ローズ家に行き、自然に振る舞うクリスだったが、黒人の使用人がいて、彼らの態度に違和感を覚えると、徐々に不安になっていく。そしてローズの母の催眠術により、監禁されてしまう(この催眠術というのが鈍臭くて私は黒沢清の『クリーピー』を思い出した)。

クリス監禁後、ローズ家の住人、そして町の住人は、皆、黒人の肉体に強い憧れを抱いていたことが判明する。白人たちの脳の一部を移植し、黒人の肉体を手に入れていたのだ。しかも、白人たちは黒人への肉体を憧れているとはいえ、人種差別の感情は強く持っている。象徴的なのは、ビンゴゲームだ。ビンゴゲームの商品はクリス。まるで黒人の奴隷売買のような設定なのである。私は、この『ゲット・アウト』という映画は退屈だったが、終盤の陳腐な脱出劇でそう思ってしまったのであって、「黒人の肉体への強い憧憬と、深い黒人差別」は良い設定だったと思っている。

ゲット・アウト』という映画は、「黒人の肉体への強い憧憬と、深い黒人差別」という設定は良いのに、アクションとサスペンスがつまらなかった。心理に迫るような恐怖は描けていなかったし、怖いなと思ったのは、冒頭で、車にシカが衝突した時くらいであった。これではスリラーとして及第点はあげられない。

主人公クリス役の俳優の演技は悪くない。また、ローズ役のおねえちゃんなんかは知的でかわいくて私好みだった。

終盤の陳腐な脱出劇

クリスは耳をふさげば催眠術の影響がないだろうと考え、捕えられていた椅子からはみ出していた綿を耳に詰め込む。クリスを手術台へと運ぼうとしたジェレミーの不意を突いて倒す。ここからは多少の残酷描写も交えたアクションシーンが続く。クリスはアクション映画のスターのように、住人を倒していく。ただの写真家の青年なのだが、ずいぶんと腕っ節に自信があるようだ。

クリスがとにかく強く、誰も敵わない。彼が住人に痛めつけられるシーンはあるものの、アクション映画さながらに勝ってしまう。リアリティのある描写をしたいのか、架空の描写に留まりたいのかよく分からないのだが―――とにかくクリスが強くて、私は興醒めした。腕のひとつでももぎ取られれば、住人とクリスとの間で凄絶な戦闘が生じたと思える訳だが、身体に強烈な痛みを受けるシーンがない。血は流れてはいるのだが………

最後は恋人ローズを運良く倒して、ハッピーエンド。黒人の友だちが運転する車で帰宅するという、なんとも平凡な結末だった。住人で最後まで生き残るのはローズなので、ローズに殺されてしまったらもう少し評価を上げても良い。あるいはクリスがもう少し身体に痛みを受けてくれれば。