【映画レビュー】 ソナチネ 評価☆☆☆☆☆ (1993年 日本)
「ケン、ヤクザ辞めたくなったなあ」
「結構荒っぽいことしてきましたからね」
「なんかもう疲れたよ」
「金持ってると嫌になっちゃうんじゃないですか」
というような、村川(ビートたけし)とケン(寺島進)とのセリフのやり取りから暗示されるのは死だ。それも、本作『ソナチネ』で出て来る数多くの人物の死ではなく、村川個人の死で、それも自殺である。
*
村川は村川組という暴力団の組長を務める。村川組は北島組の傘下にある組織で、親会社・子会社のような関係だ。絶頂とまでは言わなくとも組織の長を担うまでになった村川は、金も女も手に入れたが、ヤクザを辞めたいと言う。もっと出世して欲望を追求することも出来ようが、それを押し留めるものがある。それは全てを手中に収めた後の虚無感であろう。村川は能面のような顔で喜びも怒りも悲しみも示すことなく、半ば強制的に北島組組長の命令の下に、沖縄に赴く。そしてたくさんの人を殺す。
村川は沖縄で中松組を支援するため、阿南組のヤクザを殺し続ける。同時に、村川の部下や北島組からの若い衆も、一人ひとり殺されていく。沖縄の静謐な海や砂浜のシーンを取り入れ、多数の人間が死ぬことで、静寂な自然の中で死がぽつぽつと、しかし徐々に村川の肉体に迫ってくるのを描き出す。村川は至って健康体だが、病におかされたかのように、死を意識し、死を求めもする。
それは全てを手に入れてしまったからだろうか。もちろん、映画を観ていれば分かるように、北島組組長と、矢島健一演じる北島組の陰険な幹部・高橋の2人体制に、自分は付け入る隙間がないことを自覚して、もう上にあがることが出来ないかのような、諦めの中で、ヤクザを辞めてしまいたいという認識が生じもしよう。だから、全てを手に入れたことと合わせて、もはや自分の到達点はここまでだという諦念があいまって、死を志向するのだろう。村川は、ヤクザを辞めて堅気になるのではなく、辞めてどこにも行けないのであれば、死ぬしかない。この先にどうとも、行くべき道がないのであれば、自ら退路を断ってしまいたい。そう、常に思っているようだ。
そのような虚無感を、『ソナチネ』は海、砂浜、久石譲の突き放すようなあるいは引き寄せられるような思いが混在した音楽、突発的な暴力描写により、印象的に描いていく。ドリュラロシェル原作でルイ・マル監督の映画『鬼火』のように自殺したい男の空しい願望を、夢を、コンパクトでショッキングなストーリーと共に表現する。
『ソナチネ』には、有名な一つのカットがある。村川が自分のこめかみに銃を突きつけるシーンだ。これは戯れのロシアンルーレットのシーンなのだが、村川の自殺願望を象徴的に描いている。結局、映画の中で村川は、高橋のことも殺し、北島組も阿南組も皆殺しにして、車の中でこめかみに銃口を突き付けて自殺するのだ。だからあのシーンは、自殺を先取りした映像ということもできよう。この映画は、登場人物も多いし、ストーリーにも起伏があるが、一貫して、村川の自殺願望を描いているのである。
*
この映画は、自殺志願者の男=村川についての個人的な映画である。しかし、それにしては観終わった後にいやな気持ちにはならない。それはなぜだろうか。
『ソナチネ』は、美しい太陽や海などの映像とともに、久石の映像に合わせた流麗な曲によって詩情を表現する。そして、キャストの能面のような表情のない顔、まるでセリフをしゃべらされているかのような彼らの朴訥としたセリフによって異様な雰囲気を醸し出す。また、非常に凶暴だが執拗ではない暴力描写などによって、刺激を与え続ける(暴力描写をしつこく描くと観客は暴力に慣れる。突発的に描き、すぐに暴力描写をやめてしまうことで、まるでホラー映画のように「いつどこから暴力描写が始まるのか」という恐怖感を与える。それが刺激となる)。
このように『ソナチネ』は、死をリアルに描きつつも、多方面へのアプローチを繰り出していっている。自然と音楽の詩情、人物の異様さ、暴力による刺激は、自殺志願者の男を描いているにもかかわらず、さほど陰鬱にはさせないのだ。そして、多数の人間の死があまりにあっけなく描かれることで、残酷ではあるが、おかしみを感じさせる。
ルイ・マルの『鬼火』は、いくつかのエピソードがあるものの、自殺に向けてのオーソドックスな映画だ。それだけに陰鬱である。何度も観たい映画ではない。『ソナチネ』は多くの人間が死ぬ。生き残る主要人物は二人だけだ。それなのに何度も観たくなるのは、人の死を描きながらも、多角的なアプローチを施しているからだ。美しく、詩情豊かで、残酷、しかし時に笑いを生じさせる。
*
キャストも素晴らしい。今では考えられないが、主演のビートたけしが非常に上手い。芸能界で大成功した自身の人生を村川に重ねているせいもあるだろうが。フライデー事件の後の記者会見の時のような凶暴性を感じさせる。
北野映画初出演の大杉漣は、村川への忠誠心や微妙な距離感を演じていた。村川組の幹部役なのだが、上司たる村川への進言や部下のマネジメントもしていて、会社の管理職のような役柄なのだろうなと思わせる。優しそうな、ダンディな紳士と思わせておいて怒鳴り散らすシーンは、そのギャップが凄い。『HANA-BI』での演技で国内の賞を多数受賞したが俺は『ソナチネ』の演技の方が好きである。
その他、寺島進、勝村政信、渡辺哲、矢島健一、津田寛治など素晴らしい仕事をしていた。