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【書評】 芥川追想 編:石割透 評価☆☆☆☆★ (日本)

芥川追想 (岩波文庫)

芥川追想 (岩波文庫)

才気煥発の芥川龍之介、35歳で散る

羅生門』『地獄変』『河童』などの短編で知られる芥川龍之介。彼は『鼻』が夏目漱石に激賞され、若い頃から才気煥発で知られ、古典に取材した数多くの作品を世に出して将来を嘱望されたが、わずか35歳で服毒自殺を遂げた。芥川は遺書に、「将来に対するただぼんやりとした不安」と書き残していた。初期作品は理知的で分かりやすい構造を持っているので、教科書にも載っている。私が初めて芥川の小説を読んだのも、教科書だったと記憶する。

神経質だった芥川龍之介

芥川龍之介作品に対する私のイメージは非常に神経質な作家、という感じである。谷崎は本書中で、水上滝太郎という小説家と芥川のことを話している中で、芥川は小説家に向いていないという話をしている。水上はエッセイストならどうかと言っていたが、谷崎は「エッセイストになったとしても、果たして自己の信ずるところを無遠慮にズバズバと云い切れたかどうか」と考える。続けて谷崎は「森鴎外氏のことをほんのちょっと悪く云ってさえ、あんなに気にしていた」と芥川の神経質なエピソードを紹介する。芥川に欠けていたのはエッセイストとしての「見識、学殖、批評眼」ではなく、「それを発表する勇気」だと言っていて、私はまさに当を得た感じだった。私も芥川の小説を読んでいて感じたのは、神経質で、あまりに理知的で面白味がないという点だった。

あとは、芥川が夏目漱石門下というのも、今ひとつ私が彼の小説に関心を持てない理由かもしれなかった。私は漱石の作品にはあまり感心しないからだ。

芥川は後年、物語性の無い小説を求めた。彼が志賀直哉を評価していたのは有名で、話らしい話の無い小説を書いていた志賀を称揚した。だが私は話らしい話の無い小説が好みではないので、芥川は私には合わない作家だと思っていた。だから、20代以降の私は芥川龍之介の小説を手に取ることなく、時を過ごしてしまった。

芥川龍之介は間が抜けていた?

本書『芥川追想』は、数多くの著名人が芥川龍之介に対する追想を書いている。ほとんどが軽く読める文章である。

上記谷崎潤一郎の他、盟友の菊池寛久米正雄、そして芥川が尊敬していた志賀直哉、詩人・萩原朔太郎自然主義作家・島崎藤村正宗白鳥、芥川の一高時代の有名・無名の友人や、芥川の家族や家事使用人に至るまで、数多くの人々が書いた芥川の追想が収められている。

私は芥川龍之介には興味がないが、芥川龍之介を知る人々が書いた追想は、非常に面白いと思った。

特に面白かったのは松岡譲という小説家の文章だ。芥川龍之介の文字は非常に汚いと言うことをしつこく書いていて、読むのに苦労したとも言っている。松岡は夏目漱石門下で漱石の娘と結婚している。芥川にはライバル意識でもあったのだろうか?と思うほど変なエピソードをたくさん書いているのだ。

芥川は聡明でお洒落で、それでいてチョット間が抜けており、かなりちぐはぐなところがあったり、非常な文化人であると同時に飯をきたならしく食い乍ら、ペチャペチャ喋るといった様な、一見野卑な一面もあった。

わざわざ飯をきたならしく食いながらペチャペチャ喋るなんていうことを暴露しなくても良いと思う(笑)が、芥川にはこういう一面があったのだろう。松岡は、芥川が「上等でない悪所通い」をやったり「相当なお世辞の安売り」をしたりとか、言いたい放題で面白い。

芥川は碩学なので「他人に知らない」ということは嫌いだったらしい。そして、松岡が「禅の話」をしていた時に、松岡がしゃべったことが芥川が知らないことだった。すると芥川は、「急に目の色まで変えて、一体それは何の本にあるか、とむきになってつめ寄って来た。その喰ってかかりそうな真剣な態度には圧されたことがある」というのだ。目の色まで変えてつめ寄る芥川を想像するだけで笑える。電車の中で読まないで良かった(笑)

松岡の文章には、何もここまで…ということをたくさん書いていて、本書中では一番笑わせてもらった。

恒藤恭による芥川龍之介への思い

感動したのは恒藤恭の文章で、芥川との親交を情感たっぷりに描いている。末尾の「書いてここに至って、私は涙の落ちるのを止めえない」という一文は美しい。芥川の代表作『羅生門』の「下人の行方は誰も知らない」を思い出させた。あとは、芥川の一高時代の友人や、芥川文夫人による「芥川を全く信頼してすごすことが出来」たという文章も良かった。芥川が心中しようと思っていたというのは苦笑させられたが。

詩人・萩原朔太郎の文章も感傷的で楽しいのと、谷崎潤一郎による芥川との芸術観の相違を描いた文章も良かった。一方、志賀直哉は小説も退屈だが追想もつまらない。泉鏡花に傾倒した水上滝太郎の文章も合わない。